追跡③

話の時間軸は少し前に遡る。


「まずは徹底的に裏サイトの情報を洗うぞ」


正樹部長がそういった。


「安井、とりあえずpingを打ってくれ」


安井はパソコンのコマンドラインに次のように入力した。


ーーーーーーーーーーーーーー


ping yogahs.mystery.online


ーーーーーーーーーーーーーー


「部長、これは何をしているんですか?」


「かんたんに言うと、『おーい、裏サイトさん返事をしてくれー』とメッセージを送っている感じだな」


タンッと安井がエンターキーを打った。真っ暗なコマンドラインのウィンドウに文字が浮かび上がってくる。


ーーーーーーーーーーーーーー


PING yogahs.mystery.online (192.0.2.123): 56 data bytes

Request timeout for icmp_seq 0

Request timeout for icmp_seq 1

Request timeout for icmp_seq 2

Request timeout for icmp_seq 3


--- yogahs.mystery.online ping statistics ---

4 packets transmitted, 0 packets received, 100% packet loss


ーーーーーーーーーーーーーー


「これはどういう状態なんですか?」


「裏サイトさんがこちらの声を無視した状態だな」


淡々と説明してくれる。


「でも、そこにいるってことですね」


安井が言う。意味深すぎて何を言いたいのかさっぱりわからない。


「ああ…そうだな。IPアドレスはメモっといてくれ。悟……まさかと思うがIPアドレスが何なのかは知っているよな?」


微妙な顔をしているのはしっかり伝わったらしい。


「コンピュータやサーバーを個別に識別するための番号だ。少し乱暴だが、ドメインと同じく住所的な役割もしている」


例によって安井がフォローする。


「例えるならドメインは住所、IPアドレスは地図の緯度経度……表現方法が違うだけで、同じ場所を指しているんだ。」


「上手い例えだ。安井!やるな!」


正樹部長は腕をくんでうんうんとうなずいている。


意味はわかったが、何故同じ意味のことを別々の表現にするのかピンとこない。


少し気を良くしたのか安井はさらに補足してくれた。


「住所は変わることがあるだろ?例えば陽芽市が隣の芽原市と統合して、陽芽原市になれば住所もかわるよな?」


「まあ、そうだな」


「でも、緯度経度は変わることはない。IPアドレスも固定されたものであれば変わることはない……ということだ」


「そうか、ドメインは変えることができるけど、IPアドレスは変えられないってことか!」


正樹部長が満足そうな笑顔を見せた。


「その認識でほぼ間違いない。もっともネットの世界だとIPアドレスが変わることも、変えることもできるから100%あっている訳ではないがな!」


そろそろ、頭から煙がモクモクとしてきた。


「安心しろ藤井!今日のところはネット講義はこの辺にしてやる!次に俺たちがしないといけないのはもっと単純なことだ」


「……えっ、なにやるんですか?」


ボンヤリしてきた頭で聞いてみた。


「裏サイトのコンテンツ……つまり掲示内容のコピーをとりつつ、読み漁るだ!」


確かに単純だ……だが、単純だけど辛い。だって裏サイトだもの……。


この部活って、Youtubeやネットサーフィン、tiktok見てダラダラお話するゆるふわなんちゃって部じゃなかったんだな…。


残りの部員2名…山崎と吉見は俺と同じような感覚のため、合宿と聞いたらテンションが下がりそうだ。


………



ディスプレイを目の前にして、キーボードの前でひたすら同じ動作を繰り返していた。


「『Ctl + C 』『Ctl + V 』……『Ctl + C 』『Ctl + V 』…… 」


ぶつぶつ言いながら、マウスで範囲選択、あとはひたすら同じキー操作を続けた。


いわゆるひとつのコピペというやつだ。


「流石に1時間近くやると、メモ帳が一杯だな。その反復作業がお前のITリテラシーレベルをさらに引き上げる」


これで本当にレベル上がるんですかね……。もう、言葉にならない……。


横目で見ると……んんんっ?


あれ?安井のやつ、コーヒー飲んでポテチ片手に本読んでる。


ハッとして部長の座っている机を見ると、やはりコーヒーがおいてあり、部長の愛読書が開きっぱなしの状態になっていた。


「ふたりともサボってるじゃないですか!!」


正樹部長と安井は悪びれる様子もなく、


「いや、ちゃんと仕事しているぞ」


「俺もサボってない。待つしかないからこうして、仕方なくコーヒーを嗜みながら漫画を読んでいるんだ」


なんともまぁ…偉そうな講釈をたれた割に結局はダラダラお話ゆるふわ部じゃないですか。


そんな風に憤っていると、正樹部長が嗜めるように言う。


「今、やっているのはこのサイト内の特定のキーワードを含んだ情報や画像をピックアップする作業だ」


「そんなことわかってますよ。部長!」


いや、コピペして中身を読み漁るじゃなかったっけ?と思いつつ、適当に反論する。


「いや、悟。お前はわかっていない。俺はこのサイトを構成しているデータの収集がまもなく終わる」


正樹部長がそういうと、安井も続く。


「俺はスクレイピングで特定のキーワードを含む情報を裏サイト内とネット環境から収集をしている」


スクレイピング……?何かの必殺技だろうか。


まあ、なんでもいいか……。どうやら、二人は各々のスキルでできることをしているらしい。


レベルが違いすぎて話についていけない。


左手の腕時計の針が5時35分を指していた。


「今日はこの辺で解散にするか、データ解析は明日にしよう。それに山井先生に帰れと言われる時間だしな……」


山井はコンピュータサイエンス部の顧問だ。陽芽高の公式ホームページの管理をまかされている。


その流れでコンピュータサイエンス部の顧問になったらしい。


だが、山井が部室に顔を出すのは遅くまで残っている生徒をさっさと家に帰すためだけだ。


噂をすれば影だ。山井がガラッとドアを開けて入ってきた。


チラッとディスプレイを横目に見たかと思うと一言。


「そろそろ下校時間だ。さっさと帰り支度をしなさい」


眼鏡を右手の中指でクイッと神経質そうに持ち上げた。


そう言うとさっさと出て行ってしまった。


部長が肩をすくめたのを合図に後片付けを始めた。


最後に裏サイトを閉じてパソコンの電源を切ろうとしたところ、新しい掲示板が立ち上がっていた。


正樹部長が掲示板を確認する。


すると、その顔が険しくなった。


「おい……これ、山下じゃないか?もうひとり女子が写ってる……?」


高いところから撮られた写真のようで判然とはしないが、山下と髪型や雰囲気が似ている…。もうひとりは髪が短い………ひらき?


「この画像……いつ撮られたやつだ?」


安井が画像を手早く保存し、何かのアプリに画像をアップロードして確認している。


「4月18日 5時31分……今、5時39分………8分前の画像?」


これは何だ……何が目的だ?


掲示板の投稿にはタイトルがつけられていた。



『警告』



ぶわっと全身に嫌なものが吹き出すような感覚が駆け巡った。


「これ……体育館の周りじゃないか?」


安井の話を聞いた瞬間、部室を飛び出していた。


後ろで正樹部長と安井が何か叫んでいるのが聞こえた気がするが……直感が『急げ!』と囁くのだ。


階段を三段ずつ飛ばしながら駆け下りた。


陽芽高の昇降口は2階にある。昇降口前の階段を駆け下りながら、山下とひらきの正確な場所がわからないことに気がつく。


しまった!写真の場所にいるとは限らない。慌てて、スマホを取り出す。


スマホが手から滑り落ちて、カツンとアスファルトの地面に落ちた。自分の手が震えていることに気がつく。


駄目だ……落ち着け。



俺は石だ。石は何も感じない。動じない。



いつもの自己暗示を唱えるといつの間にか手の震えは止まっていた。


スマホを拾いあげ時間を見た。5時44分。次は山下に電話をする。


一つ一つ確実に作業を処理する。


昨日、連絡先交換で電話しているから着信履歴を辿るのが一番早い。


早く、繋がってくれ……繋がった!


「山下、今どこにいる?」


できるだけ短い言葉で。


『西棟の北側あたりを歩いていて、正門に向かってるよ』


あそこか!


「分かった」


そういうと、すぐに電話を切って全速力で走り出した。


東棟から西棟に向かって校舎の壁沿いに走る。


集中……手のひらを広げた。


音を触るなら手のひらが一番感度が高い。


だから、普段はできるだけ拳を握っている。余計な事を感じ取りたくないからだ。


初めてかもしれない、自ら手のひらを広げてすべてを感じ取ろうとしているのは。


悪意の音がビリビリと手のひらに伝わってきた。


やはり、上からか。前方に山下とひらきが見えた。もう一人誰かいる。でも、そんなこと構ってられない。


どっちだ、悪意の音が近いのは。


山下ではない……おそらくはひらきの方。


この感じ、ひらきに何か落ちてくる。くそ、ドンピシャだ。


間に合え……!


ひらきの両肩に手が届いた。ぐっと突き飛ばす……頼む、うまく受け身をとってくれ。


ひらきと目があった。


驚いたような、申し訳無さそうな、見てはいけないものを見たような、全部が混ざった複雑な表情をしていた。


まるで世界がスローモーションになったみたいだ。ひらきの髪の毛の一本一本がゆるりと宙を舞う。


凄い情報量が頭にながれこんでくる。


実際、突き飛ばしたひらきが、まだ地面に接触すらしていない。


今度は俺が上から落ちてくる何かが直撃する位置だ。でも、今なら躱せる気がする。


身体を捻れぇぇぇえ。


射程範囲外かどうかスレスレの位置で足がもつれた。急に時間の流れに戻った気がした。


強い衝撃が。


近くに何か落ちた……。


山下……泣いてる……?


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