SNS

頭上の薄暗い天井を見上げていた。


右手に繋がれた点滴が体に静かに薬液を供給している。


頭が重く、少し鈍い痛みもある。でも、普通に歩けるし、口も利ける。


大した怪我じゃないのに、大袈裟だなぁ……。


壁にかかった時計は夜中の3時を指していた。ここ2日で色んな事が起きすぎた。


頭はボンヤリとはしていたが、スマホを手探りで手繰り寄せた。母さん曰く、大量の着信履歴とメッセージが入っているらしい。


確かに未読件数が21件は過去最高記録かもしれない。


着信も……8件は多い方だ。


これは間違いなく色んな人に心配をかけていることだろう。


山下は……泣いていたな。大丈夫だとちゃんと伝えないと。


正樹部長と安井にも悪い事をした。


だが、一番心配なのは桧川ひらきだ。俺を巻き込んだ張本人だから、思い詰めていなければいいが。


どうにも眠れない。


スマホの明かりが眠りを妨げているのか、考え事で頭が一杯になってしまっているのか、落ち着かないのだ。


山下からはメッセージは何も届いていなかった。その代わり着信が一件だけ入っていた。


山下らしい気がする。色々な思いを抑えつつ気を遣ってくれたのだろう


一言だけメッセージを送っておいた。


『心配しているといけないからメッセージを送っておきます。怪我は大したことはないし体も大丈夫。すぐ退院できると思うので、また学校で』


送ると深夜にも関わらず、数分後にメッセージが返ってきた。


『生きていて本当に良かった。他にも伝えたいことがあるはずなのに、他に言葉がでてこない。夜更かししてないで早く寝てね。おやすみなさい』


夜更かしはお互い様だと思う。思わず笑ってしまうところだった。


正樹部長と安井からの着信が一番多かった。時間が午後5時40分〜6時に集中している。


ちょうど俺が全速力で現場に向かって走っているタイミングだ。SNSにも場所を教えろだの、落ち着けだの色々とメッセージが届いている。


後は学校に警察が来て聞き取り調査をされたなどの話が書いてあった。


結局、俺の上に降ってきたのは4階のベランダに放置されていた掃除用のバケツだったらしい。


正樹部長と安井はバケツが落下したところを見たわけではないので、収集した裏サイトの情報と画像は提出したが、聞き取り調査はすぐに終わったらしい。


その代わり、生活指導の中上からはかなり厳しく叱られたらしい。


少々理不尽な怒られ方をしたようで、安井は不満げな様子だった……。


ふたりにも身体は大丈夫と返しておいた。


あまり友達がいないと思っていたが、心配してくれる人が思ったよりいることにちょっと驚いた。


最後に問題のひらきだ。


彼女からは一通だけメッセージが入っていた。


とてもとても長い文章には、隙間を埋め尽くすように、ごめんないが散りばめられた過剰な謝罪文が書かれていた。


そして、文章の最後には次のような言葉が書かれていた。


『危険な目に合わせてしまってごめんなさい。腕時計は諦めます』


ひらきと話すようになって、二日しか経過していないのに、古い友人から別れを切り出されたような悲しい気分になった。


そもそも、腕時計を探していただけなのに『警告』とは大袈裟な話だ。


ましてや命を狙われるような話でもないし、警告という単語の割に思いの外、直接的な実力行使に少し違和感を感じる。


深く考察したいところだが、頭の鈍痛が思考を妨げる。


それよりもひらきに何かメッセージを送らないといけない気がする。


遺失物事件の調査をやめるのは構わない。でも、なんとなく納得いかない終わり方だ。


深呼吸をして、スマホを持ち直してメッセージを返した。


『調査の中止はわかった。こんな状況になったから、仕方ないと思う』


一旦、返信後に二通目を送った。


『でも、怪我はしたけど、誰も死んでいない。それにバケツが落ちてきたのと、遺失物事件の調査に因果関係があるのかは断定できないし、気にする必要はないと思う』


『だから俺は「ごめんなさい」より、「ありがとう」が聞きたい。それに……』


わざと間を開けて、返信した。



『俺…ちょっとかっこよくないか?』



気の利いたメッセージを返しておいた。


少し間を置いて、ひらきから返事が返ってきた。


少し、返信を躊躇ったかのような、でも返信せずにいられなかったかのような絶妙のタイミングで。


『自分で格好良かったって書くのはどうかと思う』


『でも、そうだね。ごめんなさいじゃなくて、助けてくれてありがとう!』


『学校でまた会おう。おやすみ!』


少しはいつものひらきに戻ったのかな?


『うん。おやすみ』


メールの返信がトリガーとなったのか、眠くなってきた。難しいことは明日の俺に任せよう……。


こんな時は時間に身を任せると色んな事が解決することがある。


果報は寝て待てというし……。


実際、警察の介入で遺失物事件は思わぬ方向に向かい始めていた。



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