7月29日『名残』

「なるほどな。で、明日からそのキャンプ場に行くことになった、いうわけか」

受付台に肘をついた留宇が「来夢もついにキャンプするようになったんやねぇ」と感心する。留宇には普段から世話になっているし、留守の間に図書館を任せることもあるので、今回のことをひと通り話して聞かせたところだった。

「ここまで関わってしまったのなら、僕もついて行かなければ」

「そうは言っとるけど愛衣ちゃんと離れるのが嫌なんやろ」

茶化してきた留宇は、意地悪そうに目を細めて口元をにやにやさせていた。

「来夢、キャンプしたことあるん?」

「あると思いますか?」

「絶対ないと思う。ていうかテント立てれるん?」

「今回はキャンプ場のバンガローに泊まるんですよ。悠馬くんの従兄いとこのお兄さんがそこで働いてらっしゃるそうなので、ツテで予約していただいたんです。それと、駅まで送迎してくださるそうです」

「まさに至れり尽くせりってやつやな。ちゃんとお礼言っときよ」

地図を見たところ完全に山の中で、最寄りの駅から車で一時間はかかるところなのだという。

「ですので留宇、明日と明後日の図書館のことなんですが……」

「なにを今さらあらたまって。任せとき。明後日で七月も終わるんやし、よう頑張ったな。ご褒美やと思って楽しんできぃ」

改めて礼を言って、もう七月も終わりなのかとしみじみ感じた。

愛衣が千燈の日記を見つけてからというものの、なんだか怒涛の一ヶ月だったと思うと、忙しなく過ぎた七月が名残惜しくもなってくるのだった。


「図書館行ってくるね〜」

「行ってら〜……あ、ちょっと待った!」

キッチンから大樹が走ってきて布袋を二つ渡された。

「昨日、山梨の伯母さんから届いた桃。三つ入ってるのはひまわり依頼所、もう二つは来夢くんに持ってってやれ」

そういえば大きなダンボールに大きな白桃が十個も入って届いたのを思い出した。桃は傷みやすいから、早めに消費したいが量が多いのでいくつかおすそ分け、ということだ。

「わかった……って、重たっ?!」

「落とすなよ」

「兄さんが持ってけばいいのに……」

「俺はこれからラゼと飯食いに行ってくるから無理」

「ほんっと、ラゼさんとご飯行くの好きよね」

「ラゼと飯食うと楽しいからな」

「雪彦さんは?」

「アイツ何食っても無表情だからつまんねぇ」


潔く断られたらなにも言えない。

それで愛衣はこの暑い中、重たい荷物を抱えてあおぞら町まで来ているというわけだった。

「も〜、ほんっと兄さんったら妹をき使うんだから……あ?」

ちょうど公園に差し掛かったところで、見たことのあるお下げを見つけた。時計と花壇を見比べては、バインダーになにか書き込んでいる。先日リンネの花時計を作っていた、瞳だった。

「瞳さん、こんにちは」

「あぁ、愛衣ちゃんこんにちは」

「花時計、完成したんですね」

目の前には円形に作られた花壇にいっぱいの植物が芽吹いている。その一角が、綺麗なマリーゴールドが咲き誇っていた。

「おかげさまでね。今、ちゃんと時間通りに花が咲くか調べているところなんですよ」

「順調ですか?」

「今のところは、ですね」

今の時間はマリーゴールドで、この次はタマスダレ、ポーチュラカ、時計草、と順々に咲いていくそうだ。

「こないだはありがとうございました。助かりました」

「いいのですよ」

「お花屋さんなら、花束とかもお願いしたら作っていただけるんですか?」

「えぇもちろん。今度は花束をご希望ですか?」

「はい。何度もお願いして図々しいとは思いますが……」

そんなことないですよ、と麦わら帽子の下で瞳が穏やかに微笑んだ。

「むしろ頼っていただけて嬉しいですよ。それで、どんなお花をご希望ですか?」

愛衣が掻い摘んで説明すると、そうですねぇ……と瞳は頬に人差し指を当てた。

「明日ですか。それなら、明日の出発の時間に星空図書館に届ければいいですね」

「え、でも……それじゃあ瞳さん届けるのが大変じゃないですか?」

瞳は「大丈夫、心配しないでください」と自信ありげに言い切った。

「あのですね、ウチのクラスには頼れる郵便屋さんがいるんですよ」

「郵便屋さん?」

「そう。だから私に任せてくださいな」

そう言って瞳はウインクをしてみせた。

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