7月26日『すやすや』
名古屋駅の最上階にあるスターバックスで、期間限定のフラペチーノ。中学生には痛い出費だけれど、友達と遊ぶためなら安いものだ。
「聖蘭ちゃん、遊びに誘ってくださってありがとうございます。服も選んでいただいてしまって……」
「いいのよ。星空図書館もいいけど、たまには外に遊びに行かないと」
「でも、いきなり図書館から連れ出されたのはちょっとびっくりしました」
図書館でお手伝いしていたところ、聖蘭がやってきて「愛衣ちゃん借りてくね」と来夢に言い放って連れ出されたのだった。
「来夢が愛衣ちゃんを独り占めしすぎるのよ。せっかく七夕のときに仲良くなれたのに、お手伝いさせてるなんて」
「それは私から申し出たことだから……」
「もう、愛衣ちゃんも来夢に甘いんだから」
綺麗なネイルで彩った人差し指で、つんつんと頬を突っつかれた。
「やっと買えたぁ、ふたりとも待たせてごめんね」
聖蘭ちゃんの親友の、
「はぁ〜 名古屋ってすごい人いるんだね〜、びっくりしちゃった」
青森弁は初対面の人には難しいから、と標準語で話すところがなんとも健気だ。
「人が多いのはいつものことだけど、夏休みだからかな。でも名古屋駅でショッピングでよかったんですか?」
「うん、私、前の学校であんまり友達がいなかったから、こうしてお出かけするのすっごい楽しみだったんだぁ」
「前の学校……? それじゃあ、最近こっちに?」
「うん、まぁ、いろいろあってね」
小豆の表情が陰ったのを悟って、愛衣も口を噤む。
変なこと聞いてしまったかな。
「そんなことより、さっき買ったリップ、ちょっとだけ試してみない?」
空気を変えるように聖蘭が水色の小さなショップバッグをテーブルに置いた。
それから、二時間ほど。
それぞれ一杯のフラペチーノをお供に、時間が過ぎるのは早かった。
驚いた。来夢と本の話をして過ごしたり、文芸部で原稿をしていたりするのも早く感じることはある。けれど、女の子たちと出かけて、お茶をして、こんなに時間が経つのを早く感じることは、今までなかった。
帰りの電車の中、聖蘭はくらくらと危なっかしく船を漕いで、やがてすやすやとねいきをたてはじめた。
「小豆ちゃん、霊能者なの?」
「まぁね」と照れたように頬を掻いた。
でも、この能力のことで前の学校ではいい思いをしなかったのだという。あの陰った表情のわけは、そういうことだったのか。
「ごめんなさい、辛いこと思い出させて」
「愛衣ちゃんが謝ることないけぇね」
きにしてないよ、と穏やかに微笑んだ。
小豆ちゃん、本当にいい子だ。
ふと、ある考えが頭を過った。
でも、と思案していると、今度は大丈夫?と心配そうに顔を覗き込まれる。
「あの、断ってもいいんですけど、小豆ちゃんにお願いがあるんです」
きょとん、と小豆は目を瞬かせた。
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