7月25日『報酬』
星空図書館に向かう途中、公園でなにやら作業をしているひまわり依頼所の面々を見かけた。丸い花壇に花や苗を植えているみたいだ。ガヌンちゃんがこっちに気づいて、大声で名前を呼ばれた。
「みなさん、なにしてらっしゃるんです?」
「
「自由研究ですか」
丸い花壇にいくつも花の苗を植えているけれど、なにか規則性があるようだ。
「リンネの花時計を作ってるのよ」
同じようにシャベルを土に差して、黄色い花の髪留めで、長い髪をおさげに
「リンネ、ですか?」
「そう。スウェーデンの植物学者、カール・リンネが考え出した花時計のことでね。朝の六時から夕方の六時までの間に、花の種類によって開花時刻が異なることを利用してるんです」
つい感心して変な声が出てしまった。
「そんな花時計があるんですね」
「一度作ってみたくて、依頼所のみなさんにお手伝いをお願いしたのよ」
黄色の目の少女は、改めて愛衣に向き直った。
「そういえば初めましてですね。私は
「あ、一之瀬愛衣です。お花、詳しいんですか?」
「えぇ、お花は大好きよ。実家はお花屋なの」
花屋、と聞いてあることを思いついた。
「……あの、下北さん」
「瞳でいいですよ」
「えっと、瞳さん。教えてほしいことがあって……」
私でよければ、と瞳は穏やかな笑みで頷いてくれた。
閉館時間も過ぎ、新しく仕入れた茶葉でアイスティーを淹れる。氷の代わりに冷凍しておいた輪切りのレモンとライムをグラスに入れた。
「今日もお疲れ様でした、愛衣ちゃん」
「来夢くんもよくがんばりましたね」
愛衣も冷蔵庫からレモンパイを出して切り分けていた。レモンの少し苦くて爽やかな香りが、離れた来夢のところまでふわっと漂ってくる。
夏休みに入ってからというものの、来夢はこの時間が楽しみで仕方なかった。夏休みで学校がない今、子どもたちをはじめ、学園のクラスメイトたちまで勉強やら暇つぶしに図書館を訪れるせいで、心落ち着いて読書もままならない。そんな中で、閉館後に愛衣と過ごすこの時間が、一番穏やかに過ごせる時間だった。もはや報酬、ご褒美だ。
カップに口をつけようとしたところで、そういえば、と愛衣はなにかを思い出したように呟いた。
「来夢くん。私、ほっちゃんが私に持ってきてくれた花のこと、ちょっと調べてみたんです」
といっても詳しい人に聞いただけですけど、と苦笑いしている。
「なにかわかりましたか?」
「はい。白いマーガレット、ピンクのガーベラ、スノードロップ、カンパニュラ……それから、薄桃色の薔薇に、
トートバッグからメモ帳を出して、走り書きしたページを開く。ずらっと書かれていたのは、花の名前と花言葉だった。
「『感謝』です。どれも『感謝』の花言葉を持ってるんです」
「花言葉、ですか。じゃあ、つまり北斗は」
「きっと千燈さんの代わりに、文夜さんに届けようとしてたんじゃないでしょうか。花葉の温室にはたくさんの花が咲いていたんですよね。きっと、声を出せない代わりに、花言葉に託したのかもしれませんね」
素敵なものを見つけた、というふうに彼女は嬉しそうに声を弾ませる。
「今日のお花はペチュニアでした。『あなたと一緒なら心が和らぐ』という花言葉だそうですよ。文字以外で伝えるって、なんだか奥ゆかしくて素敵ですね」
ふふ、とくすぐったそうに話す彼女が愛おしくて、つい頭を撫でた。
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