7月21日『朝顔』
蝉の声がうるさい。窓を開けていないのにがんがんと頭に響いてくる。
ごろんとベッドに横になって、手触りのいいタオルケットをおなかの辺りにかけて、なんとなくライトノベルの文庫本を開いて文字を追っていた。枕元では桃子がくるんと丸まってすやすやと眠っている。
朝のラジオ体操には行けたのに、星空図書館には足が向かなかった。
毎日花を持ってきてくれたミケ猫。あれは千燈に懐いていた、北斗……ほっちゃんだ。
そして花を渡す相手に愛衣を選んだのは、千燈に物語を書いて読ませていた文夜の代わりを探していたから。猫がそこまでの知能があるかと言われれば疑問だが、来夢や瑠奈、ひまわり依頼所の人たちのように、不思議な能力を持つあおぞら町の友人たちのことを考えれば、ちっとも不思議じゃない。
でも謎はまだある。
文夜は何故、千燈の前から姿を消したのか。
のっぴきならない事情があって、わけも伝えず突然去ったのだろうか。
考えれば考えるほど、蝉の声が頭の中で大きくなる。
文庫を閉じると、ぱたん、と軽い音で桃子が目を覚ました。白い頭を撫でると、忘れな草色の大きな目を細めて手に鼻を寄せて、にゃん、と甘えた声を出した。
スマホを見ると、『大丈夫ですか?』と来夢からメッセージが来ている。
メッセージアプリを開いて返信を打ち込む。指先もゆっくりとしか動かなかった。
疲れているんだ。目に手を当てて息を吐いたとたん、どかっとお腹に強い衝撃がのしかかる。見ると、桃子がおなかにでろんと乗っかってきたのだ。
「桃、重いよ」
外は災害級の暑さで、クーラーをかけていないと部屋でも熱中症になるこんなときでも、甘えたがりの桃子はお構いなしに体を擦り寄せてくる。
「あんた、私がクリスさんと会ってきたの、ヤキモチ妬いてるんじゃないでしょうね」
桃子は、来夢のところにいるシロフクロウのクリスとなぜか仲がいい。一度図書館についてきてしまった時に出会って以来、連れていくとよく一緒に並んで寝ていたりする。白いもの同士気が合うのだろうか。
夏毛になった体を撫でていると、ついうとうととしてしまう。
昼寝はあとから支障をきたすとわかっていても、瞼が重くなってきて、少しだけ閉じていようとして、そのまま意識を手放した。
また、夢を見た。
愛衣は、あの温室の外にいた。温室に沿うようにいくつか鉢が並んでいる。その全てに支柱が立てられ、青色や白色や桃色の朝顔が、大輪の花を開かせていた。
その朝顔の向こうで、動く影を見つけた。
真剣に花を選んで、丁寧に切り取って、それらを白と水色の柔らかい和紙とリボンで束ねていく、千燈がいた。
傍らには、ほっちゃんがその様子を見守っている。
実に穏やかで、静かで、あたたかくて優しい光景だった。
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