7月18日『占い』

夏休みが始まって一日目。近所の公園でラジオ体操も始まって、朝早くから体を動かしたからか、体が軽い。

まだ終わっていない数学の宿題が入ったトートバッグを持って、今日も星空図書館への道を歩いていた。

けれど、日傘を差していても暑い。今年は梅雨明けが例年より早く、七月の初めで猛暑日となったほどだ。八月になったら、気温はどうなるんだろう。

そうはいっても、星空図書館の周りの森は、強い日差しを遮ってくれる。快適とまではいかないが、日傘なしでも風が吹けば少しは涼めた。

首の後ろがちりちりとざわつき始めた。誰かに見られているような、視線を感じるのだ。愛衣は誰が見ているのか見当がついていた。

瑠奈るなちゃん?」

振り返って声をかけると、木の幹の陰からひょこっと色白の少女が、猫みたいに顔を覗かせた。ウェーブのかかったからす色の長い髪が、肩からふわっと垂れ落ちている。真珠色の綺麗な目をパッと輝かせて「愛衣」と嬉しそうに駆け寄って、どんと体当たりするように抱きついてきた。

「愛衣、久しぶり」

「瑠奈ちゃんも元気そうで」

「いつもどおりだよ」

彼女は十六夜いざよい瑠奈るなといって、来夢のクラスメイトに当たる、猫みたいな性格の女の子だ。水晶占いが得意で、月明かりに当たると猫に変化へんげする能力の持ち主で、愛衣とは最近知り合ったばかりだが、猫好きが高じて、すっかり懐かれてしまった。

「今日も図書館?」

「うん、調べたいこともあるしね」

瑠奈はぎゅ、と抱きついたまま離れない。このまま図書館まで歩き始めるが、ある心配事が脳裏をよぎった。瑠奈と来夢は、顔を合わせるたびに機嫌が悪くなるのだ。理由が自分の取り合いだということには、呆れを通り越して少し笑ってしまう。けれど図書館に行かないという選択肢はないので、このまま瑠奈も一緒に連れて行くことにした。


この暑い中、あのミケ猫はやっぱり愛衣を待っていた。今日は玄関にできた日陰のところまで移動している。愛衣を見つけると、音もなく立ち上がった。

「…………猫」

腕にひっついていた瑠奈が、ミケ猫を見つけて、たたたっと駆け寄った。しゃがんで背中を撫でて、あれ、というように首を傾げる。ミケ猫はお構いなしに愛衣の元に歩み寄ると、今日は小さな白い花がたくさんついた霞草を差し出してきた。いつもの一輪花とは違うテイストだ、とは思ったけれど、お礼を言って両手で受け取った。

「…………愛衣、この子に好かれてる」

「うん、ここのところ毎日なんですよ」

ころころと顎を撫でてやると、嬉しそうに目を細め、耳を倒した。

「愛衣、この猫……なんか変」

「え?」

愛衣の隣にしゃがみこんだ瑠奈も、もう一度ミケ猫の背中を撫でた。すると嫌がるように背中を沈め、愛衣の足元に避難する。そして、日陰を求めるよに森に一直線に走り去っていった。

「瑠奈ちゃん、変って、どういうこと?」

「この辺りに住む猫じゃない。どこから来たか、教えてくれなかった。でも、名前は教えてくれた」

綺麗な真珠色の目を、愛衣に向けて教えてくれた。

「名前、北斗ほくと、だって」

一瞬、思いがけない名前に耳を疑った。

確か、千燈さんの叔父さんの家にいた猫の名前だ。

単なる偶然だろうか。

愛衣? と不思議そうな顔をした瑠奈の顔が目の前にどんと現れて、驚いて尻餅をついてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る