7月17日『砂浜』

終業式を終え、その足で星空図書館に向かった。

今日は大樹と雪彦は弓道部の懇親会で夕飯はいらないというし、結衣と嵐志は友人家族と一緒に海に連れて行ってもらっている。先程、砂浜でスイカ割りをする写真が送られてきた。楽しそうでなによりだ。

重たい扉を開けて中に入ると、何故か来館客が増えていた。その大半が愛衣と歳の近い子どもたちで、いつも静かで荘厳ささえ感じる星空図書館が、なんだか普通の図書館みたいに見えた。

その中に来夢の姿はなく、代わりに留宇が気づいてくれた。

「留宇さん、こんにちは。来夢くんは……?」

「それならあそこで不貞腐れてますよ」

困ったように留宇が来夢の部屋がある辺りを指した。

「不貞腐れてる?」

「ちょうどいい、愛衣ちゃん、あいつ引っ張り出してきてくださいな」

「え、えぇ、ちょっと留宇さんっ?」

部屋に繋がる扉まで、背中をぐいぐいと押されてしまった。

ノックをしても返事がない。仕方なしに本棚の一部を動かして、隠し扉を開けてこっそりと中に入った。

来夢は勉強机にうつ伏せになって両腕に顔を埋めていた。

「らーいーむーくん」

そっと髪を撫でて呼びかけると、ちらっと腕の隙間から月夜色の目が気だるそうに覗いた。

「どうしたんです? この世の終わりみたいな顔して」

「この世の終わりですよ……夏休みが始まってしまったんです」

「夏休みがこの世の終わりなんですか?」

「えぇ、僕にとっては」

来夢は学園とある取り決めをしていると教えてくれた。それは夏休みや冬休み、さらにイベント事に参加する代わりに、普段の学園登校を免除してもらう、といった、言わば交換条件だった。夏休みは、読書感想文やら受験勉強やらで図書館を使用したい人たちに向けて、図書館を解放することと、夏祭りに移動図書館で参加することが必要条件らしい。

「なるほど、来夢くんが学園に行ってなくてもなにも言われないのは、そういうことだったんですね」

しかし長期休暇に図書館を解放するということは、騒がしいことや人と接することが苦手な来夢には、少し酷なことなのだろう。これだから夏は嫌なんです、とさらに膨れてしまった。

「それは……登校免除されてるのなら仕方ないことじゃないですか」

共感してくれると思っていたのか、来夢さらに膨れてそっぽを向いてしまった。でもこれは仕方ない。来夢がそう選択したのだから。

「夏休みが終わるまでの辛抱でしょう?」

そう言い聞かせても、来夢はただしょんもりするだけだった。まるで聞き分けのない時の結衣か嵐志か、扱いの難しい幼馴染みたいだ。けれどこちらとてお姉ちゃんなわけで、宥めるのは得意なのだ。

「わかりました。これから毎日、私がここに来てお手伝いします。それと閉館後、最低一時間は来夢くんとお茶をしてから、帰ります。それならどうですか?」

ぱっと来夢が顔を上げた。ほんとですか? と目が訴えている。

「交換条件ですよ。その代わり、ちゃんと図書館でお仕事しますか?」

「……します」

「本当ですね?」

「男に二言はありません」

「それでは、さっそく行きましょう」

ほら立って、と腕を引っ張って立ち上がらせ、そのまま部屋から引っ張り出す。

「あ、ちょっと、愛衣ちゃん待ってくださいって!」


返却された本を棚に戻していると、留宇が声をかけてきた。

「ありがとうな、愛衣ちゃん」

「どういたしまして」

「けど、あんな約束してえぇんですか? 毎日図書館来ることになりますよ?」

「大丈夫です。約束してなくても私ならここに入り浸ってましたし、いつもおもてなしされる分は、お手伝いでお返ししようとは思ってたので。それに、きちんと言質げんち取りましたので言い訳はできませんよ」

どうだ、と腰に手を当ててみせると、可笑しそうに吹き出したのだった。

「ふはっ、ほんま来夢って愛衣ちゃんに弱いなぁ」

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