7月16日『レプリカ』

夕暮れの、橙色の光が柔らかく差し込んでくる。ちらちらと舞うほこりを反射してきらきらと控えめに輝いている。爽やかな香りがして上を向く。ビターオレンジの木からオレンジフラワーの微かな香りが降ってくるのだった。


愛衣は目をぱちぱちと瞬かせた。

どこだここ。

ソファーで寝落ちたのかな。

思い立って頬を叩いてみると、べちっと間抜けな音がした。けれど、痛くない。だとすると、これは夢なのだろうか。


いつの間にか座っていたガーデンチェアから立ち上がると、随分と古風なワンピースを着ているのに気づいた。アンティークレトロというデザインだったっけ。ラウンドテーブルには開いたままの本と、臙脂色の万年筆が一本置かれてある。もしかしたら、なにか書いていたのかもしれない。

読んでみようと本を覗いた時だった。


「よぉ、今日もまた本読んでたのか」


きぃっと自転車のブレーキがかかる音と、快活な男子の声が聞こえてきた。それを耳にすると同時に、愛衣の体は勝手に椅子に置かれていたスケッチブックを持って温室を飛び出した。

足は勝手に声のする方に向かっていく。

これはもしかして、と思った矢先、塀の向こうからにゅっと影が現れた。逆光になって、よく顔が見えない。けれど、彼が誰なのか、愛衣は確信していた。

勝手に手が動き、持っていたスケッチブックにマーカーペンでさらさらと文字を書いていく。筆跡からして愛衣自身のものではない。少し右上がりの達筆な文字は、あの日記に記されていた名前の表記と似ていた。


【今日は宮沢賢治を読んだんです。『風の又三郎』と『雁の童子』と『猫の事務所』っていうお話を読みました。今は『銀河鉄道の夜』を読んでるんです】


「まてまてまて、そんなたくさん書いたらいっぺんに読めないって」

男の子は身を乗り出してきちんと読んでくれる。

「へぇ、宮沢賢治。有名だよね。学校の図書館にあるかな。今度探して読んでみるわ」

それから肩掛け鞄から配達物を引っ張り出した。

「ほい、今日の夕刊。それと、これはせんせーに渡しといて。あと回覧板と……昨日の続き」

塀越しに夕刊と一緒に、茶封筒と回覧板、それから空色の手紙封筒を渡される。いっぺんに持てず、何回かに分けて受け取り最後に深緑色の封筒を受け取った。

(もしや、これって……)


「感想できれば声で聞かせてほしいけど、難しいもんな」


夕陽が沈み、逆光が薄らいでいく。

「それじゃ、またな」

こちらに向けた向日葵のような満面の笑みを見て、思わずはっと息を飲んで、呼吸を忘れた。


自分の、愛衣の顔によく似ていた。

それこそレプリカみたいで、両目は澄んだスカイブルーの色をしていた。


ぱっ、と目を開いた。

愛衣は自室のベッドに横になっていた。

夏の陽射しがカーテンの隙間から差し込んでいた。

あの男の子、もしかして。

「…………文夜さん?」

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