7月13日『流しそうめん』

星空図書館の門扉の前に、ミケ猫が居座るようになっていた。

まるで門番か何かのようにじっとして動かないのだ。いや、構ってくれる人には愛想をよくしているらしい。

そして今日もまた、猫は門の前で静かにお行儀よく前足を揃えて座っていた。

「お、猫がいる」

補習の勉強をするために星空図書館を訪れていた石澤いしざわ春希はるきは、その猫に気づくと、なんとなく違和感を覚えた。生きている、というのだろうか。なんとなくだが、“生”の反応が薄いような気がしたのだ。

隣に並んで歩いていた留宇が「あぁ、あの子か」と知ったふうに呟いた。ひまわり依頼所の流しそうめんパーティーから連れてきたため、少し不機嫌だったが、なぜか猫を見るとちょっとばかし面白いものを見つけたというふうに笑みを浮かべた。

「なに、留宇何か知ってるの?」

「あの猫、あるを待っとるのよ」

「誰を?」

「来夢の彼女さん」

「はぁ? 来夢に彼女? 初耳なんですが?」

「そりゃ、来夢は言いふらすような正確じゃないしな。どちらかというと、彼女さんに迷惑かからんように黙っとるタイプやろ。そもそもここから出てこうへんし」

それもそうだが。

「おい。ミーケ。なにしてんだ?」

屈んで顔を覗くと、しゅっとした顔がこっちを向いた。けっこうかっこいい顔立ちをしているな。立ってスーツでも着せたら、一丁前に男爵にでもなりそうだ。


「あ、留宇さん。こんにちは」

森の中からひょこんと飛び出してきたのは、半袖のセーラー服姿の女の子だった。もしかして、この子が留宇の言っていた【来夢の彼女】なのか。

「こんにちはー愛衣ちゃん。今日もお勤めご苦労さんです」

「学校帰りに寄っているだけですよ」

困ったふうに笑うと、留宇の隣に立つ春希に顔を向けた。

「留宇さんのお友達ですか?」

「不肖のクラスメイトですわ」

「一言余計だっての」

女の子はセーラーの襟とスカートの裾を正してから、きちんと背を伸ばして春希に向き直り、丁寧にお辞儀をした。

「初めまして。一之瀬愛衣です。留宇さんには妹共々、お世話になってます」

『よーっす!俺様はグドラ。コイツは春希っつーんだ。よろしくな』

耳に引っ付いている骸骨が、勝手に喋り出す。

「グドラ! 自分の自己紹介くらい僕にさせてって! 格好つかないでしょうが!」

突然喋り出した骸骨に、愛衣は目を丸く見開いたが、すぐに可笑しそうに笑い出した。普通ならもっと変な目で見るとかするんだろうけれど、彼女曰く、慣れた、とのことだった。

すると、さっきまでおとなしくしていた猫が、すっと立ち上がって愛衣の足元に近づいていく。そしてすっと花を差し出した。

「あら、また来てたのね。ありがとう」

愛衣もしゃがんで花を受け取り、背中を一回撫でた。本当に渡している。まるで求愛でもしているみたいな光景に、今度は春希が目を見開く番だった。



『おい、春樹』

愛衣と留宇が話している際、グドラが小声で話しかけてきた。

「どーした、グドラ?」

『さっきの門にいた猫なぁ、どうも気になるんだよ』

「あー、さっきの三毛猫ちゃん?」

『そうそう。呪いっつうわけじゃねぇけど、なんかものすごい執念みたいなのを感じるんだよ。あの愛衣っつう娘に対してな』

「執念、ねぇ。単なるナンパとかじゃなの?」

『いーや。あんまり悪質じゃねぇけど』

「……調べとくか」

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