7月12日『門番』
がたがたと部屋の扉が、外から開けられる音がした。
来夢の部屋の扉は隠し扉みたいになっていて、その開け方も特殊だ。開け方を知っているのは、かつて開け方を教えた愛衣か、或いは……
「来夢、邪魔するで〜」
「邪魔するならお引き取りください」
作業着姿の留宇が姿を現した。
「来夢も関西のノリが分かるようになってきたんやねぇ」
「分かりたくもないんですが」
留宇も、来夢の部屋に入ることが出来る数少ないひとりだ。といっても教えたわけではなくて、うっかり開けっ放しにしていたところを見られたのだった。
「今日彼女さんは?」
「まだ学校か、家でしょう。今日は水泳の授業があると行ってましたので、髪を乾かしてから来ると言っていました」
「これまた青春してますなぁ。ほい、夏休みの宿題」
ずい、とトートバッグを突き出された。やれやれ、今年もたくさんあるなぁ。トートバッグに入ったファイルやプリントを確認してから、礼を言って机に置く。
「アイスティーでいいですか?」
「いただきますわ。もう外の暑いこと暑いこと」
「ご苦労様です。まぁ僕には関係ないですけどね」
「ええご身分だことで」
からからと氷を入れたグラスに水出しの紅茶を注いで渡した。
「ところで、門のところにおる猫はどないしたん?」
「…………猫?」
「せや。白地に、濃い茶色とミルクティー色の、ミケ猫やったね。なんかピンク色のチューリップの花くわえて、門のとこでちょこーんと座っとってん。誰かを待ってるみたいやったけど」
留宇の話からするに、この辺りに住み着いている野良猫の親子じゃなさそうだ。窓から外を覗くと、確かに門扉のところに、形のいい猫のシルエットが見えた。くるん、くるんとしっぽを揺らして遠くをじっと見つめているみたいだ。
「あ、愛衣ちゃん」
水色のワンピースに白のカーデガンを羽織った愛衣が見えた。
愛衣はミケ猫に気づくと、驚いたようにしゃがんでその頭を撫でる。すると、ミケ猫はくわえていた花を愛衣にそっと差し出したのだ。
「彼女さん、猫にもモテるんやねぇ」
「まぁ、愛衣ちゃんも猫好きですからね」
愛衣は猫が大好きで、道端で見かけると写真を撮ってメッセージアプリで送って見せてくれる。それが、最近増えた楽しみだったりする。
ミケ猫は愛衣の足に、体を擦り付けて背中を撫でてもらっている。しっぽをぴんと立てて、甘えているようにくるくると喉を鳴らしている。そうして撫で回してもらった後、森に入っていった。
しばらくして、また来夢の扉ががたがたと音を立てて開かれ、愛衣がひょこっと顔を出した。
「来夢くん、遅くなりました。あ、留宇さんこんにちは」
もうひとつ用意していたグラスにアイスティーを注いで渡すと、愛衣は一気に飲み干した。外は相当暑いみたいだ。
「今、猫にナンパされてました?」
「見てたんですか。ここ最近毎日なんですけど、あの猫ちゃん、花をくれるんですよ」
ほら、と見せてくれたのは淡い桃色のバラだった。妖精の羽みたいな繊細さで、夢の中の空から、色を拝借してきたみたいだ。
「綺麗な色。でも普通の薔薇ですね。なにか意味でもあるんでしょうか」
「さぁ」
そういえば、千燈の日記にも北斗って名前の猫がいたと書いてあった。千燈にすぐ懐いて、後をついて回っていた。温室にあるベンチがいつもの定位置で、花の香りを嗅ぐのが好きだった。
あの猫って、何色なんだろう。
日記を読み進めていけば、わかるだろうか。
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