7月9日『肯定』
『文夜さんの物語を読んでいると、まるで清流の中でいろんな光が反射して、ちらちらと煌めいては消えていくみたいな心地を覚えます』
『便箋に綴られる物語は、透き通るほどに研ぎ澄まされていて、澄み切った風を飲んでいるみたい。言葉の使い方がとても綺麗なのです』
『この物語が、永遠に続きますように』
少しずつ声に出しながら読んでいくと、千燈の言葉や想いや、ありありと蘇ってくる。
日記に栞を挟み、来夢がふと思い出したように口にした。
「なんだか、文夜さんって愛衣ちゃんに似てませんか?」
紅茶を飲み込んでから、はて、と首を傾げる。
「……そうですか?」
「誘いを断られると、いったん引き下がるんですが、必ず代替案を持ってきてくれるところとか。なんか、簡単には諦めてくれないところとか。でも相手に合わせてくれるところも」
確かに日記を読み返してみると、文夜は七夕祭りに誘って断られたけれど、帰りにリンゴ飴を買ってきてくれたと書かれている。それに、彼も愛衣と同じように物語を書いて、読ませてくれたとも。
「そう、ですかね? 普通のことだと思いますけど」
「愛衣ちゃんや文夜さんにとっては普通でも、それだけで嬉しくなる人だっているですよ」
不意に来夢は愛衣の肩を抱き寄せた。突然のことに、持っていたカップから紅茶がこぼれそうになって慌ててソーサーに戻した。
「なんとなく、千燈さんの気持ちがわかるような気がするんですよ」
耳元で囁かれる声が、少しばかり悲しい色をしていた。
「両親が不在なのは昔からで、誕生日をすっぽかされるなんてことはよくありました。参観日も来てくれたことはありません。それで、よく同級生になんで親が来ないのって聞かれることもしばしばあって。それが辛くて、だんだんと引きこもるようになってしまったんですよ。でも両親は理解してくれませんでしたね。どうして普通にできないのか、と、よく言われました」
淡々と話される彼の物語に愛衣は黙って耳を傾ける。体に回された手に、自分の手を重ねた。
「それでも理解してくれる人はいたんです。親戚の叔父さんが『現実逃避してもいいんじゃないか』って言ってくださって。あれが僕にとっては救いでした」
「来夢くんのこと、肯定してくださる方がいらっしゃったんですね」
「えぇ。僕のことを気にかけてくださる方です。たまにですが、ここにも来られるんですよ」
今度紹介しますね、と、当たり前のように付け加えた。
金の箔押しがされた日記帳の表紙を手のひらでそっと撫でると、天鵞絨の柔らかな手触りが指に残った。
「きっと、千燈さんも僕と同じだったのかもしれませんね。喋る事が出来ないのは、千燈さん自身が望んでいるから。自分の心や体を守るためには、どうしても必要なことだったのかも」
思いを馳せるように、来夢はそっと瞼を閉じた。本が好きで、引っ込みがちで、でも自分のことを肯定してくれている人が少なからずいる。どこか親近感があるのだろう。
千燈にとっての、文夜のような。
来夢にとっての、叔父さんのような。
ふと、なんとなく、そんなことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます