7月5日『蛍』

愛衣が持ってきてくれた書籍から、日記に関してわかったことがいくつかある。

まず、この日記の著者は花葉かよう千燈ゆきほ。内容に『中等部』と書かれた箇所があることから、来夢たちと同じ年頃だろう。

オルゴールの小箱のような一軒家で、書庫と温室が備え付けられているらしい。

日記は、彼女が引っ越してきたところから始まっている。

そのきっかけを、彼女は『学校に行けないびょう』と記していた。ある日を境に、学校に行こうとするとおなかが痛くなり、呼吸が出来なくなったりしたという。今で言う、不登校に当たるものだろうか。それを治すために、叔父叔母のいる田舎に越してきた。書物と植物の好きな千燈は、ここでも外に出ることなく、書庫と温室を行ったり来たりして生活していたと書かれていた。

そしてこの日記、ところどころ色が変えて印刷されているページがある。日記の部分はレッドブラックのインクだけど、緑色のインクのページには、飾り枠と書体を変えた文章が印刷されている。その緑色のインクのページは、短編の物語が書かれていて、日記、物語と交互になっているようだった。

「学校に行けない病、ですか……」

ソファーで並んで座った愛衣が、興味深そうに日記を覗く。

「なんだか、面白い言い方ですね。面白がっちゃいけないんですけど」

「書く側からしたらですか?」

「不登校っていうと堅苦しいじゃないですか。今はそれが一般的な言い方だとしても、子どもには分かりづらいですよ」

そう言いながら文字をなぞる。小説を書く彼女らしい考え方だ。


千燈の日記は、少しずつ彼女と読み進めていこうと話し合って決めた。愛衣は読むのに時間をかけるタイプで、こうした日記は、きっと一ヶ月の日記なら同じ時間を費やして読むのだろう。それと同じようにして、来夢もゆっくりと読んでみたくなったのだ。


そうして今日の分を二人で頭を揃えて読み進めていると、夜にこっそり家を抜け出して、蛍を見に行ったことが書かれていた。叔父叔母の家の周囲は、ホタルの里、と呼ばれることで有名だとも記してある。にしても、夜中に女の子一人で家を抜け出すとは、千燈とは、意外と大胆なところもある子らしい。

「蛍ですか」

「とすると、けっこう綺麗な環境みたいですね」

「来夢くん、蛍見たことありますか?」

「いいえ、残念ながら」

「私もです。一度本物を見てみたいですよね」

スマホで調べてみると、五月下旬から七月中旬まで見ることができるそうだ。

「七月中旬……今年は難しいですかね」

すると「じゃあ来年ですね」と愛衣が微笑んだ。

来夢は目を見開き、そして微笑み返した。次があることを期待させてくれる。それだけでも、やっぱり彼女の隣は居心地がよかった。

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