7月6日『アバター』

上機嫌に鼻歌を歌いながら洗濯物を取り込む。

今日の授業で、ほとんどのテストが返却された。現代国語は百点、歴史と理科もいい点数で、文芸部でテスト勉強したのが功を奏したのか、数学の点数が思ったほどよかったのだ。

そりゃあ鼻歌も歌いたくなる。

結衣と一緒に植えた向日葵ひまわりの茎がかさかさと揺れて、見覚えのあるミケ猫がひょこんと姿を現した。

「おや、こないだのミケちゃん」

取り込んだタオルを洗濯カゴに放り込んでしゃがむと、まっすぐに愛衣に向かってくる。

「よしよし、どうしたの〜? こないだはうちの桃子がごめんね」

しゅっとした顔立ちの首周りを、くすぐるようになでてやると、しっぽをぴんと立てて嬉しそうに体当たりをして体を擦り付けた。

「懐っこいのね。君は野良なの? それともどこかの家の子?」

行儀よく前足を揃えて座ると、また花をくわえているのに気づいた。

「また私に?」

そうだと言わんばかりに花を差し出す。今日は綺麗な桃色の花だ。

お礼を言って受け取ると、役目を終えたとばかりにくるりと身を翻して、また向日葵の向こうに消えていった。

不思議な猫。

桃色の花を鼻先に近づけて匂いを嗅いでみる。なんの花だろう。後で調べてみよう。

洗濯物を入れたかごを持って、家の中に入り、ミケ猫からもらった花は水を注いだグラスに入れてリビングに置いてみる。それだけで、少しリビングが明るくなったように思えた。


ソファーに取り込んだ洗濯物を出して順番に畳んでいると、食洗機から食器を片付けていた兄の大樹から声をかけられた。

「愛衣ってさ、明日の七夕、星空図書館行くだろ?」

「そのつもりだけど……」

すると大樹は、だよな〜、となぜか残念そうに独りごちた。

「なに? なんかあるの?」

「いや、結衣がさ。最近ゲームアプリでフレンドになった子と、一宮の七夕祭り行くって言っててさ」

ん? と首を傾げる。ゲームアプリで知り合った子、というのは、なんだか嫌な予感しか過ぎらない。

「……大丈夫なの?」

「だから一応護衛で、俺と雪彦がついて行くことにしたんだよ。ただでさえ人が多いわけだし、アイコンやアバターが女の子だとしても、今の時代安全とは限らないしな」

愛知県一宮で行われる七夕祭りは、織物の神様を祀る神社を中心に行われる大規模な祭りで、県内外からも大勢の祭り客が押し寄せる。そんなところに小学生、ましてや顔もわからない相手と待ち合わせするのは、薦められたことではなかった。

大樹と雪彦が同行するのは構わないが、問題は留守番役だ。一之瀬の家は、猫が二匹、犬が一匹、うさぎが一匹と動物たちがいる。この子たちの面倒を見る役が必要だった。

「嵐志も遊びに行くって言ってるし……そりゃ愛衣だって来夢くんとこ行きたいよなぁ」

「え、嵐志遊びに行くの? 来週の初めに算数と国語と理科のテストあるって……」

ぴし、と空気が割れるような音が聞こえた気がした。その後にゆっくりと地鳴りみたいに低くなった大樹の声がする。

「………………へぇ? 俺は初耳だけど?」

「私も、アイツのお友だちから聞いたんだけど……」

「ちょっと嵐志に聞いてくるわ」

あと少しで食洗機も片付くというのに、大樹は濡れた手のままキッチンを出ていった。


くして、弟の嵐志に、週明けにテストがあることが判明した。

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