7月3日『文鳥』

惚気のろけじゃねぇか」

「惚気じゃん」

「惚気だねぇ」

「……惚気じゃないもん」


御畑みはた中学の図書室。文芸部の部室にあてがわれている一角で、愛衣は他の三年部員たちとテスト勉強に勤しんでいた。

部長の雨宮あまみや風夏ふうか。得意教科は現代国語と古典と日本史。

副部長の国枝くにえだ悠馬ゆうま。得意教科は化学と政治経済と現代国語。

三年部員の瀬呂せろ花鶏あとり。得意教科は英語と世界史と現代国語。

同じく一之瀬愛衣。得意教科は現代国語と古典と世界史。

つまり、誰一人として数学が得意ではないのだ。そのためこうやって集まって、数学の問題集を解きまくっていた。けれど、ふと風夏が「最近星空図書館に行ってないなぁ」という余計な一言を発したせいで、話題は愛衣と来夢の関係、そして先日見つけた日記についてまで飛んでしまったのだった。

「そんな惚気聞くスペースがあんなら、数式詰め込め。本来ならテスト期間中は居残り禁止なんだからな。先生に無理言って開けてもらってんだから」

と言いながらシャーペンでこめかみを押さえる花鶏も、なんだかんだ気になるようで話題に参加している。

ノートにさらさらと数式を書いていた悠馬の手が、一瞬だけ止まった。

「花に葉っぱねぇ……これさ、『かよう』とも読めることね?」

「確かに」と風夏が頷き「桜上地区にあるな、そんな地名」と花鶏もノートから目を離さずに答えた。

「変な地名多いよね、ここら辺。五月雨とか、文鳥ぶんちょうとか」

「『ふみどり』、な」

「小学校の時にさ、自分の地域を調べましょう、みたいな授業で習ったような気がしなくもなくもない」

「どっちなんだよ」

「その人ってさ、『花鳥風月』の血筋とか?」

「あー……有り得なくもない」

愛衣の学校は四つの地区から生徒が集まる。昔この辺りは、仲の良い四人のお姫様が治めていて、四人まとめて『花鳥風月』と呼ばれていた。その名残で『花』の桜上おうかみ、『鳥』の鷺沢さぎさわ、『風』の松風まつかぜ、『月』の朔間さくま、と地名に残っている。その周辺は、花や鳥、風や月にまつわる苗字や地名が多かったりするのだ。

「地域の情報だとしたら、あそこの本棚が的確じゃね?」

「どこ?」

「貸出禁止書架」

あー、と悠馬以外の声が納得に重なる。

「無断承知で持ち出す?」

「本が分厚い。引き抜いたらすぐバレる」

「暗記するの?」

「無理に決まってる」

今度は愛衣の手が止まる。

「いや、来夢くんならできる」

来夢の、生まれつきの記憶能力は並大抵のものではない。彼なら五センチ程度の分厚さの本でも、読めば全て覚えるだろう。

「来夢くんに読ませればいいのか」

「あと読むスピードも速い。私が一冊読む間に五冊くらい読んでる」

「ここ連れてくる?」

「いや目立つだろう」

「あと彼、騒がしいの苦手じゃなかったっけ?」

「んー……まず図書館から出てこないと思う」

そもそも『花鳥風月』なんて関係ないかもしれない。愛衣が住む地区と、彼の住む地域は全く別のところなのだ。こっちだけで話を進めるわけにはいかない。

「ま、明日なら、またこうして勉強するって名目めいもくで図書室には入れるから……ワンチャン持ち出せる、か?」

「まぁ、一之瀬が持っていけばいいだろう。明後日に返せるなら」

「了解。バレたらなにか奢るね」

「バレなくてもなにか奢れ」

「はーい」

会話が一息ついたところで、全員問題を解き終えた。合図もなしにノートを交換して答え合わせを始める。



「悠馬、またケアレスミス。計算あってるのに、2と3書き間違えてる」

「一之瀬は九九完璧にしような。3×7は27。28じゃねぇよ」

「そういう花鶏は空間図形まーた間違えてる。円錐は3分の1で割らないと、体積は出ないよ」

「部長、0は何を掛けても0だ。これ前回も注意した気がするんだけど」


まずは数学のテストをやっつけないと。

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