こちら、婚約破棄とパーティー追放を同時に食らったヒーラーです。

天伊あめ

こちら、婚約破棄とパーティー追放を同時に食らったヒーラーです。

「リリアーヌ・ディ・ローチェンス!  貴様との婚約は破棄だ!」


 ここは、プロテア王国最北の街・ポーチュラカ……よりもさらに北に21日ほど歩いた、荒れた地。あと4日ほど北に歩けば魔王城に辿り着けるといったところだ。


 ――しかし、


「リリアーヌ・ディ・ローチェンス! 聞いているのか?」

「テオ、そんなに言っちゃリリが可哀想よ。リリはテオのことが大好きだったんだから……きっとびっくりしちゃっているのよ」


 これはいったい、どういうことでしょうね?


 勇者であり、私の婚約者でもある、テオドール。と、その腕を抱くリュシー。と、その様子を微笑ましげに眺めるメンバーたち。


 いやー、もうほんとに、どういうことなんでしょうね? これ。


 ヒーラーらしく穏やかに微笑みを浮かべつつ、困り顔。

 私の視線に気づいたリュシーが、ちょんちょんとテオドールの裾をひく。


「テオ、リリに説明してあげたほうがいいんじゃない? ほら、リリってば鈍感さんだから、ね?」

「ああ。そうだな」


 テオドールが私の方を向いた。いつもどおりの、勇者らしく、王子らしく、自信に溢れた顔つき。……その整った顔立ちと表情に心を惹かれた時期があったけれど、それはとうに昔の話。


「リリアーヌ。お前はリュシーのヒーラーとしての才を妬み、リュシーに様々な嫌がらせを行った。俺の婚約者にそのような性格の悪いやつはいらん。よって、お前との婚約は破棄とする!」


 パーティーメンバーたちが、ぱちぱちと拍手する。

 ヒーラーとしての才を妬み嫌がらせ……。んー、記憶ないですねぇ。リュシーと正式にいちゃつくために適当な理由作りあげてません?


「陛下は了承されたのですか?」

「いいや、まだだが、帰ったら伝えようと思っている。きっと了承してくださるだろう。陛下だって、性悪女を義娘にはしたくないだろうからな」


 ……馬鹿だ。正真正銘の馬鹿だ。きっと脳みそまで筋肉になってしまっているにちがいない。


 戦うことしかできない能無し、それが我が祖国・プロテア王国第一王子テオドール。

 これはずっと王城の影で囁かれてきたこと。でもテオドールに恋していた私は、そんな話を全然信じなかったし、むしろそう言う人たちにぎゃんぎゃん噛みついていた。今となっては黒歴史だ。


 私がテオドールの馬鹿さに気づいたのは、彼がリュシーに恋をしたから。その点では、リュシーに感謝しないといけないな、と思う。


「でも、ほんとによろしいのですか?」


 私とテオドールの関係はただ恋愛感情で結ばれただけのものじゃない。王家とローチェンスト家の利害の一致で結ばれたものなのだ。

 私達だけで破棄を決定していいものなわけがない。


「ああ。リュシーがいるから、な?」

「ちょっと! テオったら……!」


 そんな事情は気にも止めず、いちゃいちゃし始めるテオドールとリュシー。


 ……ふぅん。


「ま、いいですけどね」

「え?」

「べつにいいですよ。婚約破棄しても」


 私だってプライドがあるのだ。自分のことを蔑ろにし、他の女といちゃつく婚約者に怒りを覚えないわけがない。


「ごめんね、リリ……。私がテオに、嫌がらせのこととか話さなかったらこんなことにはならなかったのに……」


 そう言って目を伏せたリュシーに、メンバーが次々に声をかける。


「リュシーが謝る必要ねぇよ」

「そうですよ。リュシーは被害者なのですから」

「てゆーか、むしろ謝るべきなのって……」


 目線が痛い。

 なーんだ、みんなリュシーとテオドールの味方なんだ。


 ま、知ってたけどね。


「私は謝りませんよ」

「リリ……」


 目を潤ませるリュシーの頭を、テオドールが優しく撫でた。


「では、リリアーヌ。――お前を勇者パーティーから追放する!」

「――は?」

「人に嫌がらせをし、謝罪もできないような人間を、高潔なる勇者パーティーには置いておけない」

「これのどこが高潔なる勇者パーティーなんですか?」


 驚いた。

 これはほんとに驚いた。


 逆に驚かれるかもしれないが、私は今の今までパーティーを抜けるだなんて考えてもみなかったのだ。

 婚約破棄したといっても、それだけだ。勇者パーティーにはずっといられると思っていたし、『いてあげる』ことになるんだろうと思っていた。

 幸いにももう少しで魔王城だし。


 何度でも言うが、あの婚約は政略が絡んでいる。目的といったら一番はやはりこの魔王討伐であるにちがいない。

 脳筋な王子と大貴族出身のヒーラーである私。私たちは共に戦い、共に魔王を倒し、共に勝利を手にしろという期待がかけられているのだ。


 だから、せめて親たち、国民たちのためにも、魔王ぐらいは一緒に倒してやろうと思っていたのに。


「しかも、今の勇者パーティーにはヒーラーが2人もいる」


 それは、殿下がリュシーを引き入れたからですよね?


「リュシーのヒーラーとしての力は膨大で、リリアーヌの力は必要ないほどだ」


 ――は?


「ああ、リュシーが来てからわかったよ。リリアーヌはたいしたヒーラーじゃなかったって」

「きっと、ローチェンス家が権力をかさに来て、勇者パーティーに強引に入り込んだのでしょう」

「あーあ、これだから貴族って嫌いなんだよなー」


 ゆっくり、メンバーの顔を見渡す。


 これまで、仲間だった人たち。

 これからも、まあ、魔王を倒すまでは仲間でいてあげようと思っていた人たち。

 ――ああ、なんて、なんて冷たい視線。























 パーティーを抜けて1日。目の前にはおどろおどろしい雰囲気を放つ、大きな魔王城。


 魔王城をノックする。コンコン。開かない。

 強めに叩く。ドンドン。開かない。

 さらに強めに叩く。――――。開いた。


 私がパーティーから追い出されたところは、ポーチュラカからだいぶ離れた荒れた土地。メンバーの皆様方は私のことを弱いだの役立たずだの言っていたけれど、仮に私がそうだとしたら、あそこで追放するのは倫理的にどうなんですかね? 野垂れ死にしてたかもしれないよねぇ? やだ、笑えちゃう。


「あはははっ」


「ヒイィィィッ!」

「ま、ま、ま、ま、魔王様アァァァァ」

「こっち来るなぁあぁぁぁああ」


 勇者パーティーのみんなは今頃どうしているかなぁ。いちゃいちゃしてるのかなぁ。迷いの森とかで迷ってたりするのかなぁ。吊り橋効果でさらにアツアツになってたりするのかなぁ。ふぅん。


「気になるなぁ」


「ちょっと待ってくれ話せばわか――」

「イヤアァァァ! あなたァァァァァアア」

「みんな、逃げろー!!!」


 べつに、好きとかじゃないんだけどね。ただ、まぁ、一応一国の王子だしさ、国に無事に帰ってきてほしいなーとかは、一人の国民として当たり前の感情じゃないですか?


「ですよね?」


「第百四十七層に、侵入者、だと?!」

「王国より賜りし魔の力よ今こ――ぁ」

「ママアァァァー死なないでェエェェェェ」


 だって、ねぇ?

 私がわざわざ王子様の手を煩わせないように1人で魔王討伐に来てるっていうのに、その辺で死んでたら嫌だし。五体満足で国に帰ってきてほしいなぁ。


「ふ、ふふふ……。さぁ勇者よ。よくぞここまで来た。お前の目的はなんだ」

「正式な婚約破棄とテオドール殿下の失脚、リュシーのガチギレ顔」

「………… は? ちょっとお嬢さん、精神状態だいじょうぶそ――――ひゃあ?!」









 魔王は倒され、世界は平和になって、私は国に帰った。

 今は着々とテオドールを失脚させるための準備をしている。もともと私が何もしなくても王位継承権剥奪されそうな王子ではあったけれど。


 あーあ、早く帰ってこないかな、勇者パーティー。

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こちら、婚約破棄とパーティー追放を同時に食らったヒーラーです。 天伊あめ @ameriamamori

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