Monster

Unknown

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 日曜日の朝から俺は缶チューハイを飲みまくっている。

 季節は梅雨。外では大雨が降っていて、このアパートの中にも雨音がよく聞こえてくる。こういう日はSiri(iPhoneに搭載されている人工知能)にセクハラをするに限る。

 俺は椅子に座って缶チューハイを飲みながら、机の上のiPhoneに向かってこう言った。


「へいSiri」

「はい」

「今日もかわいいよ。大好き」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「へいSiri」

「はい」

「俺とえっちしよう」

「ごめんなさい。何を言っているのか分かりません」

「ははは。ほんとは分かってるくせに。自分に正直になれよSiri。ほら、口では拒絶してても、体は素直だぜ?」


 スマホを触ってみると、とても熱くなっていた。これはSiriがめちゃくちゃ照れている証拠である。

 俺はスマホを撫でて、笑った。


「Siriちゃんは可愛いねー。ちゅ」


 そしてスマホに優しいキスをした。

 その直後、めちゃくちゃデカい溜息を漏らした。


「はぁ……俺は1人ぼっちで何やってんだ……」


 俺は劣悪な家庭環境で育った。

 俺が3歳の時に両親は離婚。母に育てられたが、その母は俺が17歳の時に交通事故で死亡。頼れる親戚はいなかった。

 俺と妹だけが残された。

 俺は唯一の家族である妹を養うために迷わず高校を中退して、年齢をサバ読みしてホストになった。

 必死に働いてるうちに女の顔なんて全員札束にしか見えなくなった。金のために好きでもないブス達と数え切れないくらい寝た。

 反抗期の妹はそんな俺を見て「汚い。死ね!」と罵った。俺は陰で泣いた。それでも妹の為に必死で働いた。

 精神を病んでも、酒で体を壊しても、妹の親代わりになって必死に働いた。

 俺はホストで9年間働いて、退職。

 妹が公立高校を卒業して自立して、1人でも生きていけるようになると、俺は生きる意味を失くして抜け殻みたいになった。

 そんな俺は今では働かずに安い1Kのアパートに引きこもり、貯金を切り崩しながら1人で安い酒に溺れている。

 基本的にはトップバリュというメーカーの缶チューハイか、ワンカップのクソまずい日本酒しか飲まない。

 人生に絶望した俺は、スマホに言った。


「へいSiri」

「はい」

「楽に死ぬ方法を教えて」

「はい。楽に死ぬ方法、でwebでコチラが見つかりました。ご確認ください」


 気が付けば俺も26歳。ただ妹を守ることだけを考えて生きてきた人生だった。

 妹は今年で19歳。高校を卒業して今では社会人。もう立派な大人だ。俺の役目はもう終わった。

 最近妹とは全く連絡を取り合っていない。

 目標を終えた人生は、とても虚しい……。

 何の為に生きればいいのか分からない。


 と思っていたら、俺のスマホが振動した。



『お兄ちゃん誕生日おめでとう!🎉』



 ──なんと妹の「みゆ」からのラインだった。


「デュフフフフフフフフフフフフフフフフ!!!!!!」


 久しぶりに妹から連絡が来て、俺は嬉しくて舞い上がって、1人で満面の笑みを浮かべた。俺は自分の誕生日なんてすっかり忘れていたが、妹は覚えていてくれたのだ。

 俺はSiriに向かってこう言った。


「へいSiri」

「はい」

「俺、生きててよかった!」

「はい!」


 心なしか、Siriも嬉しそうだ。

 俺は「みゆ」にラインを送った。


『ありがとう。俺、自分の誕生日なんて忘れてた』

『お兄ちゃんが生きててくれて嬉しい』

『俺も、みゆが生きててくれて嬉しいよ。お母さんが事故で死んでから今まで2人で色んなこと乗り越えてきたよな』

『うん。おにいちゃんは今まで私の為に生きてくれたから、これからは自分の為に生きてね。それが私の願いだよ』


 ──自分の為か。

 俺は俺自身の願いがよく分からないまま必死に生きてきた。だから今、とても空っぽだ。

 これから先、何か生き甲斐が見つかるだろうか。

 とりあえず俺は缶チューハイを口に流し込んで、脳を馬鹿にした。


『みゆは今幸せ?』

『しあわせ!』

『よかった。俺も幸せ!』


 ◆


 俺は17歳から26歳までホストクラブで必死に働いてきたが、これからはとりあえず夜の仕事じゃなく昼職を見つけて、必死に働こうと思う。

 やっぱり水商売は体に悪いし、心にも悪い。それらを犠牲にして高額の金を得るのだが、代償は大きかった。

 仕事柄、酒を飲みまくっていたから、俺のγ-GTPの数値は終わっている。正常値が50以下なのに対し、俺は2800だ。

 俺の体は10代の頃からボロボロだ。

 今まで、アルコール性の急性膵炎で3度も入院した。膵炎とは、膵臓が炎症を起こして溶け出して他の臓器まで炎症させてしまう病気だ。ちなみに俺の人生の中で最も大きな痛みが膵炎だった。腹に刃物が刺さっているような痛みがずっと続いて、痛み止めを点滴してもらっても一睡もできないレベルだった。もうあんな痛みは体験したくない。

 indeedという求職アプリをインストールし、特に条件は定めずに近場で検索してみた。

 すると、運送業の仕事が出てきた。


「大型トラックの運転手か。悪くないなー」


 大型の免許を教習所で取ることが前提になるが、運送業は個人的に良い仕事だと思う。

 あまり人と関わらないところが良いわな。


 まあ俺は適当にやっていこうと思ってます。死ぬ瞬間に、「生まれてきてよかった」って思えたら、それで百点満点だと思う。終わり良ければすべて良し。


 というわけで今後も俺の文を読んでね。


 あなたが生きててくれて嬉しいよ。






 終わり

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Monster Unknown @unknown_saigo

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