2)隠れ家で力を蓄える


 女性文官のレモンが連れてきてくれたのは、大きなホテルです。


「ここは、高級ホテルですよね?」

 王都で一番格が高い、上流階級用のホテルです。


「そうよピーチ、ここなら、逆に見つかりにくいわ」

「王宮では、非常用に、ここのスイートルームをキープしているのよ」

 レモンは、自信たっぷりに言います。


「王族しか知らないことを、良く知っていましたね」


「情報は、戦争の道具よ」

 レモンが微笑みます。



「ありがとう、レモン」

 第二王子がお礼を言います。


「ラルフ、学園での約束を覚えてる?」

「あぁ、覚えてるよ、レモン……」

 第二王子は困っています。


「あのね、ピーチ。学園時代に彼と約束したのよ」

「第二王子が窮地に立った時に助けたら、私を伯爵にしてくれるってね」

 レモンが教えてくれました。


「貴女も、助けたのだから、私が伯爵になるように協力してね」

 彼女の微笑には、令嬢の野望が隠されていました。


   ◇


 レモンは、すぐに王宮に戻りました。


 私たち二人は、王族用の秘密の入口からホテルに入ります。



「ラルフか、珍しいな」

 受付の男性が、親しそうに話しかけてきました。


「ローレンか!」

 彼は、学園で同級生だった男爵家令息です。


「ピーチ、久しぶり」

「久しぶりです。このホテルは、男爵家の経営でしたわね」

 彼の男爵家は、ホテルで財を築いた、いわゆる金持ちです。


「まずは、部屋に案内しよう」


   ◇


 ローレンは、仕事に戻りました。


「彼なら信頼できそうですね」

 宿泊客の情報を外部に漏らしたら、上流階級の利用は無くなり、すぐに倒産するでしょうから。


「それにしても、この部屋には参ったな」

 第二王子が困っています。だって、この部屋は、家族用のスイートルームなのですから。


「寝室が二つで良かったですけど、知られたらスキャンダルになりますね」


「俺たちの追放は、もう広がっているだろうな」

「そうですね、皆さんが喜びそうな話題ですからね」

 はぁ、どうしましょうか。




 ローレンが、食事を持ってきてくれました。


「急だったので、こんなものしか用意出来なかった」

「十分だよ、ありがとう」

 第二王子がお礼を言っています。学園を卒業した今では、身分の差は大きいのに。



「そうか、第一王子が……」

 事情を説明すると、ローレンも心当たりがあるようです。


「この情報の出所は、内緒にしてほしい」

「第一王子は、このホテルを令嬢と利用していたけど、最近は、なぜか来ないんだよな」


「ありがとう、ローレン」

 私もお礼を言います。これは、婚約破棄の原因と言える、良い情報です。


「第一王子の婚約者だったピーチからお礼を言われると、困ってしまうな」

 男性二人が笑います。その笑いが私の心の救いになります。



   ◇



 次の日、朝早く、私たち二人は、ホテルをそっと出ました。


「天気はいいですね」

 平民の服、フードで髪を隠し、屋台のイスに座り、青空を見上げます。


「そうだな、このパンも意外と美味しい」

 第二王子は、バターをつけたパンに、ハムを挟んで、かぶりついています。


 あ、それは、私のお茶なのに、彼が飲んでしまいました。

 あんた、私の何なのよ!



「彼は、保身に走りましたね」

「そうだな、ローレンには、守るべき家族がいるからな。でも、残念だ」


 お客である第一王子の宿泊情報を私たちに話すなら、私たちの宿泊情報も第一王子に話すだろうと、昨晩、二人で考えました。



 遠くに、泊まっていたホテルの周りを、王宮の衛兵たちが、取り囲んでいるのが見えます。



「これから、どうします?」

「レモンの所へ行こう」


「彼女は信頼できますね」

 レモンの願いは伯爵の爵位なので、目先の小さな褒美に興味は無いと考えます。



   ◇



 なんと、ここは、王宮の第二王子の自室です。


 レモンの屋敷に行きましたが、彼女の出勤時間になったので、一緒に王宮に入りました。

 使用人専用の出入り口では、兵が居眠りしていました。いつもの事だそうです。


 あとは二人で、王族しか知らない隠し通路を使って、この部屋に入りました。


「ラルフの部屋は、意外と整理されているわね」

「侍女さんがいるからな」


 部屋のドアの外には、入室禁止の札が貼られ、カギがかけられていました。これで、侍女さんは入れません。第二王子を追放しているので、当然の処置です。


 でも、カギを持っている第二王子なら出入りできます。王宮の警備は、どうなっているのでしょう、逆に心配になります。



 ……二人きりの時間には、まだ慣れません。ドキドキします……



「レモンです」

 ドアからの小さい声です。カギを開けると、レモンが、そっと入ってきました。


 三人になって、ホッとしたのと、残念な気持ちが入り混じります。



 作戦会議です。


「さて、御前会議は、何も決まらず、すぐに終わりました」


 なるほど、貴族院の皆さんは、まともなようですね。たぶん、ワザと黙り込んで、何も議論しなかったのでしょう。


 ということは、私たち二人の立場はそのままで、追放も承認されていないという事になります。第一王子は、法手続きを知らないのではと、疑ってしまいます。



「また、メイドたちが、第一王子と国王からナンパされて、迷惑しているようです。玉の輿を狙ったメイドもいましたが、体調を崩して、今は休んでいます」


 アイツらは、外でも遊んで、王宮内でも遊ぶつもりなのでしょう。許せません。


 メイドさんの体調不良は、少し気がかりです。



「言いにくいのですが、王妃も、男性をナンパしております」


 これは、予想以上です。王宮は完全に乱れています。



「これ内緒ですが、私の実家が、娼婦の元締めをしているのですが、悪い噂があります」


「聞いてもらえますか?」

 レモンが、何か含みを込めて話を進めます。


 これは、何か見返りが欲しいのですね。



「第一王子、国王までも、裏で、私の実家を利用して、楽しんでいます」


 うゎ、あのホテルの他にも、女性と遊んでいるのですか。



「実は、その後、娼婦さんが体調を崩して、お客さんと遊べない状況になっています」


 ん? 王宮のメイドさんと同じく体調不良ですか。


「聖女様でも治せない病気らしいです」


「このままでは、実家の裏の商売が、傾いてしまいます」

 レモンが、上目遣いで第二王子を見ています。


 第二王子を誘惑するような仕草に、なんだか、嫉妬を覚えます。



(次回予告)

 第二王子と潜伏するピーチ。

 次回は、体調不良が流行り病へと、影が広がるかも。


あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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