第25話 不安
次の日、私は仕事を休んだ。今の職場で働き始めてから、初めてのことだった。
心が痛んだといえば、この家の人達の私に対する接し方もそうだった。いつも通りに朝起きてこない私に対して、
顔を合わせづらいと言えば、おじさんともそうだった。当然、今朝は会話どころか、顔すら見ていない。おじさんは、きっと今日も仕事に行っているのだろう。
昨夜のおじさんとのやり取りを思い出すと、今でも少し涙がにじんでくる。今まではなんのかんの言いながらも優しく側にいてくれたのが、急に距離が遠くなったような感じ。何だか凄く寂しくて、怖い。
「ごめんなさい。もうそろそろ雨戸、開けさせてもらうわね」
そう言いながら帆夏さんが部屋にやってきたのは、もうすぐお昼時という頃合いだった。今日は晴れだったようで、ずっと暗い部屋の中にいた身にすれば、窓から差し込む日の光がとても眩しい。
窓の側に立っていた帆夏さんは、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「咲希さん、具合はどう?」
私は返事の代わりに、掛け布団を頭から被る。正直なところ、今は誰とも話をしたくない。
不意に、すぐ側に人の気配を感じた。きっと帆夏さんが、私の布団の側に座ったのだろう。そして、布団越しに感じられた、私の肩を撫でる帆夏さんの手の感触。驚いて、びくりと身体が震えた。
「
「……」
「昨日の夜、少しだけ貴方との話のことを聞いたわ……あの人、あんまりそういうことを口にしないタイプだから、珍しいこともあるなって少し驚いたけれども」
おじさんが一体何を話したのかは知らないけれども、これ、非常に気まずいパターンじゃないだろうか――っていうか、あれからおじさん、帆夏さんのところへ行ったんだ。何でだろ?
「それと、別に言わなくてもいいことを言ってしまったかも、って……創太さんがあなたに何て言ったのかまでは聞かなかったけれども」
「……何でそんなことを」
布団の中に潜り込んだまま、つい聞いてしまった。少し後悔したが、好奇心には勝てない。
帆夏さんの、ややのんびりとした声が聞こえてくる。
「そうねえ……あの人はあの人なりに、あなたに幸せになって欲しいって思っているから、かな。ちょっとした言葉の掛け違いなんてのも、よくある話だし」
「……」
「それにね、世の中には言いたくても言えないことや、言いたくなくても言わなきゃいけないことだってたくさんあるの。たぶん創太さん、昨日はあなたに少しきついことを言ったのかもしれないけれど、別にあなたのことが嫌いでそんなことを言った訳じゃないと思うわ」
「……本当に、そう思いますか」
被っていた布団から、そっと顔の上半分を出してみた。帆夏さんがこっちを見て、柔らかく微笑んでいた。
「ええ。だってあなたは、創太さんがこの家に連れてきた人だから」
私はもう一度、布団を頭から被った。だって、また涙がこぼれてきて、どうしようもなかったから。
そんな私を見て、帆夏さんがクスクスと笑った。
「それにしたって、創太さんも随分と悪い人よね。こんなに可愛い子を泣かせるなんて……でもまあ、あの人も根が不器用だから仕方が無いか」
それだけ言った帆夏さんは、来た時と同じように静かに部屋を出て行った。
布団の中から身を起こした私は、お母さんを
だからこそ――そんな人の側を離れて、見も知らない父親の元へ行くということが、そして昨夜おじさんから「救えない」と言われたことが、とても不安で怖かった。
「お母さん……私、どうしたら良いのかな」
小さく声に出して言ってみたが、もちろんのこと返事はなかった。
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