第4話 不思議な家
晩御飯を食べ終わったあと、私はお風呂を使わせてもらった。ご飯を食べさせてもらって少し落ち着いたら、だんだんと周りを見る余裕が出てきたように思う。
この家全体に言えることだったが、見た目は随分と古いものの、造りそのものはそこそこしっかりとしているように感じられた。
お風呂は総タイル張りの、それほど広くはない浴室だったが、シャワーや蛇口からはちゃんとお湯が出たし、バスタブだって私が住んでいたアパートのものより広い。おじさん曰く「風呂の湯はちゃんと替えておいたから」とのことだったので、お言葉に甘えてしばしの間、ゆっくりと湯舟に浸かった。
お風呂へ入っている間に、
最初は二人がそれぞれ別々にやってきた意味が分からなかったが、お風呂から出てみると、洗面台の横に据えられた古いドラム式洗濯乾燥機の上に、少しくたびれたグレーのフリースパジャマの上下とコンビニのレジ袋が置かれていた。
レジ袋の中身は、きっと近所のコンビニで買ってきたものであろう、カップ付きのキャミソールとショーツだった。さっきの気配から察するに、こちらは莉奈さんが買ってきてくれたものみたいだ。
ひとまず用意してもらった服を着て洗面所から出ると、帆夏さんと莉奈さんが二人がかりで布団を運んでいるところに出くわした。
「ああ、
莉奈さんにそう言われて二人の後をついていくと、案内された先はかなり広い洋間だった。
先ほどまでいた居間とは壁一枚を挟んでいて、広さはぱっと見た感じでも十畳以上はありそうだ。床はフローリングで、壁へ直付けされた長い本棚がいくつもあって、何やら様々な本が並べられている。
その下には据え付けタイプの長いサイドボードがあるが、中に何が入っているのかは分からない。照明以外の調度品の類はほとんどなく、そして何故そんなものがあるのかは不明だったが、出窓になっている窓のすぐ横には勝手口の扉があった。
その他に目立つものと言えば、折りたたまれた状態のいくつかの物干しスタンドぐらいだろうか。少々殺風景と言えなくもないが、私が文句を言えたものでは無い。
「広くて落ち着かないかも知れないけれど、今は二階の個室が全部埋まっているから、この部屋で我慢してちょうだいね」
帆夏さんは、さも申し訳なさげにそう言いながら、部屋の真ん中辺りに二組の古びた布団を敷いてくれた。
「あの、何で布団が二組あるんですか?」
内縁の妻だとかなんとか言っていたから、隣の布団はあのおじさんの分なのだろうか? もしそうだとしたら、本当に勘弁して欲しい。
私の問いに、莉奈さんが白い歯を見せて笑った。
「ああ、今夜はアタシが咲希っちと一緒に寝るからだよ」
「何でですか?」
「何で、って……いきなりこんな何もない広い部屋で一人で寝るの、寂しくないかなーって思っただけなんだけれども。ひょっとして咲希っちはそういうの、全然平気なタイプだった?」
話を額面通りに受け取れば、莉奈さんなりに気を使ってくれているようだったが、ひょっとしたら突然この家にやってきた私が何か悪さをしないよう、監視役を兼ねているのかも知れない。
「いえ。そういうことでしたら、よろしくお願いします」
「おーよ、よろしくー……って、咲希っちってさ、何か全然笑わないよね。折角可愛いんだから、もっと笑えば良いのに」
そう言って莉奈さんは頭の後ろで両手を組み、ほんの少しだけつまらなさそうに口を尖らせた。いや、ただでさえまだ出会って間もない間柄だというのに、そんな無茶は言わないで欲しい。
その辺り、帆夏さんは私の考えを何となく察してくれたようで、パジャマ姿の私を見ながら、右手を右頬に当てて言った。
「きちんと洗濯はしてあるんだけれども、古着のパジャマでごめんなさいね。丈の長さや着心地は大丈夫かしら?」
「はい、全然大丈夫です。ありがとうございます」
私が自分のアパートで着ていたパジャマなどは丈も合わず、あちこちほつれや擦り切れがあって、もう何年使っているか分からないぐらいのものだった。それに比べればこのパジャマは、まだ全然新しい方だと思う。
「そう言えば、新しい下着を買ってきて下さったのは莉奈さんですか? ありがとうございました、お代を」
そう言って長年愛用してきたショルダーバッグの中から、今となってはもう中身が心もとない財布を取り出そうとすると、莉奈さんが慌てて首をぶんぶんと横に振った。
「いいよいいよ、気にしないで。アタシが勝手に買ってきたものなんだから。そんなことよりも、サイズとかは大丈夫だった?」
「ええ、はい」
自分で言っていて悲しくなるが、私は莉奈さんのようにスタイルが良くない。サイズにはまだ少し余裕があるぐらいで、着苦しいなどといったことは全くない。
「じゃあ、今度はアタシがお風呂に行ってくるから、適当にくつろいでいてねー。もし眠かったら、先に寝てくれていてもいいしー」
「まだしばらくはリビングにいるから、もし何かあったら声をかけてね」
莉奈さんと帆夏さんがそれぞれそう言い残して、部屋を出ていった。特にすることもなかったので、私は本棚に並んでいる本の背表紙に目を向けた。
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