4

1

─────────


───────



─────




高校に入学する直前 春休み





高校入学の前に、このアパートに引っ越してきた。

ボロッッッボロのアパートから、ボロッボロくらいにランクが上がった。





部屋にはユニットバスがある。

銭湯じゃなくて毎日家でシャワーを浴びられて、トイレだって家の中にいるのに行ける。

それに、洋式のトイレ。





それに嬉しく思いながら、中学の体育着姿で段ボールを開け、段ボールに詰めてきた物を次々に部屋の中に片付けていく。





「サチ、お母さんも帰ってきたらやるからね。」




「今日中に終わらせたいから、全部やっておく。」




「・・・分かった。お願いね。」





お母さんが心配そうな顔をしながらも、私が何を言っても聞かないと分かっているので頷いた。





お母さんが部屋の扉を開け、足を引きずりながら仕事に行くのを玄関から見送った。





夕方までお昼ご飯も休憩も取らず、全て片付けきった。

空になった段ボールを折り畳み、紐で縛る。

それをダイニングの空いているスペースに置いていた時・・・





開けていたキッチンの窓から、男の人が通ったのが見えた・・・。





前髪が長くて眼鏡を掛けた、猫背の男の人だった。





それを何気なく見ていると・・・






通り過ぎたと思っていた男の人が、また戻ってきて・・・






そして、その窓から見てきたかと思ったら・・・







「1階は、犯罪に巻き込まれる確率が高い。

お母さんに伝えて欲しい。

母子家庭で、高校生になる娘との2人暮らしだと、初対面の相手に教えるものではない。

この窓も部屋の窓も開けると危険だからすぐに閉めるように。

それでは、失礼。」







と、小さな声でボソボソ話し・・・








でも、不思議とちゃんと聞こえるギリギリの喋り方で・・・









私の返事も待たず、去って行った。









去って行ったかと思ったら、すぐに隣の部屋の扉の鍵をガチャガチャとする音が聞こえ・・・








扉が開き、閉まる音がした。












「サチ、窓少し開けない?」




仕事から帰り、私が作った夜ご飯を食べるお母さんに言われる。




「1階は犯罪に巻き込まれる確率が高いんだって。

あと、初対面の人に、母子家庭で私がいること言わないでよ。」




「そんなこと言ってな・・・あ、お隣さんに言った。」




「何で言ったの?

夕方、その人から私が注意されたよ。」




「引っ越しの挨拶に行った時、他の部屋に回るのを止められたの。

そんなことをするのは危険だって。

どこの部屋に自分が住んでいるのか、自ら見せに行く必要はないって。」




「あの人なら言いそうだね。」




「その時に、“高校生の娘と2人暮らしだから、確かにその通り”って答えちゃった。」




危険と言われた直後にそんなことを言ったお母さん・・・。




でも・・・




「お隣さん、変わってるみたいだけど良い人そうでよかったね。」




「そうなの、だからつい言っちゃって。」




「気を付けてよ、本当に。」





そんな会話をしていたら、お母さんが思い出したようにお財布から5千円札を渡してきた。





「これで入学式に着ていく服とか、学校に着ていく服買ってきて?」




「そんなの勿体ない。

制服のない高校だし、入学式は中学の制服で出る人もいるって聞いたから、それで行く。

私服も今あるので足りてるから、お金が勿体ない。」




「・・・分かった。

あと、お母さん・・・入学式行けなくてごめんね?」




「何回も聞いたよ、仕事でしょ?

入学式くらい1人で出られるから。」





そう答えた・・・。





だって、こう答えるしかないから。





こう答える以外に、どんな答えがあるのか・・・





小さな頃から、私は知らないから・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る