6
玄関にクマのぬいぐるみを抱き抱えたまま、私も行ってしまった。
前髪とダサイ眼鏡で、“イチ”の表情はよく見えないと思ったけど・・・
玄関の扉を開けた大嫌いな女と、その後ろに立つ私を交互に見て・・・大笑いをしていた。
「これは・・・予想も予測も出来ないっ」
と、大笑いしていて。
「・・・近所迷惑になるから、早く扉閉めてよ。」
仕方ないので、部屋に入れた。
大笑いしている“イチ”を見た後、大嫌いな女が珍しく優しい顔をして私を見てきた。
そして・・・
「なんだ、こんなに可愛い人いたんだ。
凄い可愛い人じゃん。
ブスなのに良かったじゃん。」
そんなことを言ってくるから・・・
「可愛い!?これ、可愛い!?
よく“眼科行け”って言ってるけど、あなたが行ってきなさいよ!!
それに、私はブスじゃないわよ!!!」
「結構心配してたんだよね、いつまで経ってもブスだから。
でも、今でもブスだよ。どうしたの?」
「あなたね、テレビや雑誌で取り上げられてるからって、調子に乗りすぎよ!!
もう部屋に入れないわよ!!
おにぎりも作らない!!!」
「え~、友達じゃん。」
「自称でしょ!?早く荷物まとめて帰りなさいよ!!
そんな格好じゃ危険だから・・・」
そう言いながら、クローゼットから高校の時の長袖ジャージの上下を取り出し、大嫌いな女に渡す。
「これ!着て帰りなさいよ!!」
大嫌いな女が笑いながら、赤いチアリーディングの格好の上からジャージを着ていく。
それを見ながら、私は大嫌い女が書いてくれた紙を床の空いているスペースに移動させ、片付けるのを手伝っていく。
「ああ・・・これ、知ってる。
学生から画像で見せて貰ったことがある。」
“イチ”がそう言いながら紙を見下ろしているので、聞いてみる。
「これ見て、泣く?」
「そういうのはない。」
「私もよ。」
「これ、この子が書いた?」
“イチ”がそう言いながら、書道セットを片付けている、私の大嫌いな女を見る。
「そうよ、うちの会社の社員なの。」
「秘書課の子?」
「違うわよ、別の部署。」
「“家族”じゃない“友達”がいたのか、“ミツ”。」
“イチ”が、そんなことを・・・言った。
“イチ”が、そんなことを・・・。
驚いている私を、“イチ”が無精髭に囲まれた口を笑った形にして、見てくる・・・。
そして・・・
「“ミツ”、友達いないと言っていたけど、いたのか。」
私を、“ミツ”と・・・
“ミツ”と・・・
そんな、懐かしい呼び方で、呼んだ・・・。
驚いて、“イチ”を見る・・・。
だって、驚く。
合コンで再会してから、“イチ”は“ミツ”と呼ばなかった。
それに、その呼び方は嫌だった。
“イチ”に彼女として認めて貰えなかった私の呼び方だから。
“ミツ”では、“イチ”に彼女として扱って貰えなかった。
だから、“幸子”として“はじめ”さんに彼女にして貰いたかった。
それで、結婚して貰いたかった。
だから、“ミツ”は、大嫌いな呼び方。
何で“ミツ”と呼ぶのかも分からない。
なのに・・・
なのに・・・
“イチ”に“ミツ”と言われた時、泣きそうになった・・・。
泣きそうになるくらい、嬉しかった・・・。
泣きそうになるくらい、私は“ミツ”で・・・。
“ミツ”は、“イチ”が大好きなのだと分かった・・・。
そう、分かった時・・・
そう分かった時・・・
“イチ”の顔を見ながら、そう分かった時・・・
急に、私の大嫌いな女が、大笑いをしだした・・・。
大笑いしている、私の大嫌いな女を見る。
大嫌いな女は、大笑いしているけど優しい笑顔で・・・。
「安心した。この可愛い人の前では、そんなに可愛い顔になれるんだ。」
そんなことを言って、私に近付いてきた。
「この可愛い人には、見せられるんだ。
この可愛い人にだけは、見せてるんだ。」
「・・・なに?」
「さっきまでブスだったのに、急に可愛くなってこの可愛い人を見てた。
凄い詰まってた、愛も凄いあった。
溢れるくらい、沢山あった。」
「なに、それ・・・」
「分からない。こんなの初めて見た。
1人の人の前だけでこんなに変わる人、初めて見た。」
私の大嫌いな女が、そう言って私の胸と胸の間を少しだけ指先で触れた。
「だから、ブレてないんだ。
あんなにブスなのに、何故かブレてなくて不思議だった。」
「たまに言うそれ、なに?」
「凄いの、こんなブス見たことなかったから。
でも、今分かった。
1人だけ、いたんだね。
この可愛い人にだけは、見せられるんだね。」
「なにも見せてないけど・・・。」
「見せてるよ、凄い可愛い。
ねぇ・・・名前、教えて?」
「今更!?
・・・幸子!!岡田幸子!!!」
いつも“ブス”と言われていたけど、名前を知らないとは予想出来なかった。
岡田幸子と教えると、私の大嫌いな女は不思議そうな顔で私を見る。
「それ、本名?」
「当たり前でしょう!?」
「さっき、この可愛い人が呼んでいた名前は?」
「・・・あだ名みたいなものじゃない?」
「それ、何て言ってた?」
「“ミツ”・・・。」
そう答えると、大嫌いな女は・・・イライラするくらい可愛い顔で、首を傾げながら私の顔を覗いてくる。
「“ミツ”か・・・。
ブスの名前は、“ミツ”だったんだ。
よかった、安心した。
たった1人の友達だし・・・安心したよ、“ミツ”。」
大嫌いな女が、そんなことを言って・・・
書道セットを持って、私の高校の時のジャージを上下着て・・・帰っていった。
玄関まで見送り、鍵を閉める。
でも・・・色々なことを予想してしまって・・・
もう1度鍵を開け、扉を開いた。
「気を付けて帰りなさいよ!!」
そう叫ぶと、私の大嫌いな女は嬉しそうな顔で笑っていた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます