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玄関にクマのぬいぐるみを抱き抱えたまま、私も行ってしまった。




前髪とダサイ眼鏡で、“イチ”の表情はよく見えないと思ったけど・・・

玄関の扉を開けた大嫌いな女と、その後ろに立つ私を交互に見て・・・大笑いをしていた。




「これは・・・予想も予測も出来ないっ」




と、大笑いしていて。




「・・・近所迷惑になるから、早く扉閉めてよ。」




仕方ないので、部屋に入れた。




大笑いしている“イチ”を見た後、大嫌いな女が珍しく優しい顔をして私を見てきた。





そして・・・





「なんだ、こんなに可愛い人いたんだ。

凄い可愛い人じゃん。

ブスなのに良かったじゃん。」





そんなことを言ってくるから・・・






「可愛い!?これ、可愛い!?

よく“眼科行け”って言ってるけど、あなたが行ってきなさいよ!!

それに、私はブスじゃないわよ!!!」




「結構心配してたんだよね、いつまで経ってもブスだから。

でも、今でもブスだよ。どうしたの?」




「あなたね、テレビや雑誌で取り上げられてるからって、調子に乗りすぎよ!!

もう部屋に入れないわよ!!

おにぎりも作らない!!!」




「え~、友達じゃん。」




「自称でしょ!?早く荷物まとめて帰りなさいよ!!

そんな格好じゃ危険だから・・・」




そう言いながら、クローゼットから高校の時の長袖ジャージの上下を取り出し、大嫌いな女に渡す。




「これ!着て帰りなさいよ!!」




大嫌いな女が笑いながら、赤いチアリーディングの格好の上からジャージを着ていく。

それを見ながら、私は大嫌い女が書いてくれた紙を床の空いているスペースに移動させ、片付けるのを手伝っていく。




「ああ・・・これ、知ってる。

学生から画像で見せて貰ったことがある。」




“イチ”がそう言いながら紙を見下ろしているので、聞いてみる。




「これ見て、泣く?」




「そういうのはない。」




「私もよ。」




「これ、この子が書いた?」




“イチ”がそう言いながら、書道セットを片付けている、私の大嫌いな女を見る。




「そうよ、うちの会社の社員なの。」




「秘書課の子?」




「違うわよ、別の部署。」




「“家族”じゃない“友達”がいたのか、“ミツ”。」





“イチ”が、そんなことを・・・言った。





“イチ”が、そんなことを・・・。





驚いている私を、“イチ”が無精髭に囲まれた口を笑った形にして、見てくる・・・。






そして・・・








「“ミツ”、友達いないと言っていたけど、いたのか。」








私を、“ミツ”と・・・







“ミツ”と・・・








そんな、懐かしい呼び方で、呼んだ・・・。




驚いて、“イチ”を見る・・・。




だって、驚く。

合コンで再会してから、“イチ”は“ミツ”と呼ばなかった。




それに、その呼び方は嫌だった。

“イチ”に彼女として認めて貰えなかった私の呼び方だから。




“ミツ”では、“イチ”に彼女として扱って貰えなかった。




だから、“幸子”として“はじめ”さんに彼女にして貰いたかった。

それで、結婚して貰いたかった。




だから、“ミツ”は、大嫌いな呼び方。




何で“ミツ”と呼ぶのかも分からない。




なのに・・・




なのに・・・




“イチ”に“ミツ”と言われた時、泣きそうになった・・・。




泣きそうになるくらい、嬉しかった・・・。




泣きそうになるくらい、私は“ミツ”で・・・。




“ミツ”は、“イチ”が大好きなのだと分かった・・・。





そう、分かった時・・・




そう分かった時・・・




“イチ”の顔を見ながら、そう分かった時・・・





急に、私の大嫌いな女が、大笑いをしだした・・・。





大笑いしている、私の大嫌いな女を見る。

大嫌いな女は、大笑いしているけど優しい笑顔で・・・。





「安心した。この可愛い人の前では、そんなに可愛い顔になれるんだ。」





そんなことを言って、私に近付いてきた。






「この可愛い人には、見せられるんだ。

この可愛い人にだけは、見せてるんだ。」




「・・・なに?」




「さっきまでブスだったのに、急に可愛くなってこの可愛い人を見てた。

凄い詰まってた、愛も凄いあった。

溢れるくらい、沢山あった。」




「なに、それ・・・」




「分からない。こんなの初めて見た。

1人の人の前だけでこんなに変わる人、初めて見た。」





私の大嫌いな女が、そう言って私の胸と胸の間を少しだけ指先で触れた。






「だから、ブレてないんだ。

あんなにブスなのに、何故かブレてなくて不思議だった。」




「たまに言うそれ、なに?」




「凄いの、こんなブス見たことなかったから。

でも、今分かった。

1人だけ、いたんだね。

この可愛い人にだけは、見せられるんだね。」




「なにも見せてないけど・・・。」




「見せてるよ、凄い可愛い。

ねぇ・・・名前、教えて?」




「今更!?

・・・幸子!!岡田幸子!!!」




いつも“ブス”と言われていたけど、名前を知らないとは予想出来なかった。

岡田幸子と教えると、私の大嫌いな女は不思議そうな顔で私を見る。





「それ、本名?」




「当たり前でしょう!?」




「さっき、この可愛い人が呼んでいた名前は?」




「・・・あだ名みたいなものじゃない?」




「それ、何て言ってた?」




「“ミツ”・・・。」





そう答えると、大嫌いな女は・・・イライラするくらい可愛い顔で、首を傾げながら私の顔を覗いてくる。






「“ミツ”か・・・。

ブスの名前は、“ミツ”だったんだ。

よかった、安心した。

たった1人の友達だし・・・安心したよ、“ミツ”。」






大嫌いな女が、そんなことを言って・・・






書道セットを持って、私の高校の時のジャージを上下着て・・・帰っていった。







玄関まで見送り、鍵を閉める。

でも・・・色々なことを予想してしまって・・・

もう1度鍵を開け、扉を開いた。





「気を付けて帰りなさいよ!!」





そう叫ぶと、私の大嫌いな女は嬉しそうな顔で笑っていた・・・。

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