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会社から比較的に近い駅、でも駅から徒歩20分のマンション。
そうなると賃料が安くなるから、このマンションを選んだ。
1Kの一人暮らしの部屋の中、そこにはベッドしか置いていない。
28歳になる年の5月、誕生日が来る前に、私は逃げるように実家の家から出てきた。
結婚をしたかったから・・・。
私は、結婚をしたかったから・・・。
“お金持ち”の人と・・・
“私と子どもを大切にしてくれる”人と・・・。
そんな、優良物件と・・・
私は結婚をしたかったから・・・。
合コンに参加する度、男の人からの扱い方が変わってきた。
私は28歳になる年、慌てて実家の家を飛び出し一人暮らしを始めた。
女としての価値が下がっていくように感じたから・・・。
早く、結婚がしたかった・・・。
優良物件と、結婚がしたかった・・・。
その為に、実家の家を飛び出した・・・。
あそこにいたら、優良物件がいても気付けないような気がしたから・・・。
取り急ぎ必要な物だけを鞄に詰め込み、引き渡された部屋に逃げるように住み始めた。
お金が勿体なくて・・・私は部屋の中に置く家具をベッドしか買えなかった。
狭い部屋でもあるから、それだけでも満足だった。
部屋着のTシャツとハーフパンツに着替える。
これは“はじめ”さんのボロッボロのアパートの部屋でも着ていた物。
ただのTシャツとハーフパンツではない。
これは、高校で着ていた体育着。
それを私は部屋着としてずっと着ている。
大学生になってから、ずっと、ずっと・・・。
だって、勿体ないから。
私は、勿体ないことは大嫌いだった。
私には、生まれた時から“お父さん”がいなかった。
お母さんは未婚のまま、私を産んだから。
一度だけ、生物学的な父親には会ったことがある。
大学1年生になった時、お母さんに連れられ初めてホテルのラウンジに入った。
そんな所には入ったことがなかったから、少し嬉しかった。
お金のことは心配したけど、私も高校生からバイトを始めていたから、私がお母さんにご馳走をしようとまで思っていた。
なのに、そこにいた。
そこに、いた。
私によく似た、目鼻立ちがしっかりした顔で、顔面は格好良かった。
身長も高くて、渋くて格好良い男の人だった。
そんな生物学的な父親は、詳しくは分からなかったけど高そうな服を着ていた。
ホテルのラウンジで、高そうな服を着ていた。
お母さんと私は安い服を着てホテルのラウンジに行ったのに、生物学的な父親は高そうな服を1人着ていた。
うちは、ずっとギリギリの生活をしていた。
ギリギリどころか足りなかったこともあって、電気もガスも止まったことがある。
それなのに、生物学的な父親は・・・
私が大学1年生の時に突然現れて、“父親”だと言って、高そうな服を1人着ていた。
妊娠したお母さんと結婚することなく、私を認知をすることもなく、1度も助けてくれることもなく・・・。
足を引きずりながら生きるお母さんを見捨てた男が、高そうな服を1人着て・・・
私がこの世に生まれたことを認知することもなかった男が・・・
1人、高そうな服を着てきた・・・。
*
今日お母さんと久しぶりに会ったからか、そんな男のことを考えてしまった。
そんな事故物件のことを考えてしまった。
溜め息を吐きながら、ベッドの上に寝ている大きなクマのぬいぐるみを見る。
“はじめ”さんがクレーンゲームで取ってくれた、大きなクマのぬいぐるみ・・・。
そのクマが、可愛い顔でベッドの上で寝ている。
あんなにバカにしたような顔で私を見ていたのに、今は可愛い顔でベッドの上で寝ている。
このクマは、落ちた・・・。
“はじめ”さんの手で、落ちた・・・。
そして、私も落ちた・・・。
私も、落ちた・・・。
体育着のTシャツの上、谷間にのる指輪を見ながら、泣きそうになった・・・。
泣きそうになった・・・。
泣きそうになった・・・。
そして、瞬きをしたら・・・
涙が流れた・・・。
1度流れた涙は止まらなくて・・・
止まることなく、流れていく・・・。
私の存在は、生まれた時から男の人に認められていなかった・・・。
生まれてからも、それは変わらなかった・・・。
私は、男の人から認めて貰ったことがない。
認めて欲しい男の人から、私の存在を認めて貰ったことがない。
大好きだった人・・・10代で初めて性行為をした人からも、セフレとして扱われて終わってしまった。
泣きながら、そんな昔のことまで思い出す。
震える手で、スマホを持つ・・・。
そして、“はじめ”さんの電話番号に・・・
電話を掛けた・・・。
初めて、私から電話を掛けた・・・。
初めて、初めて、掛けた・・・。
泣きながら、震え続ける手で、スマホを耳に当てる・・・。
何度も、何度も、電話を繋げようとスマホが頑張っているけれど・・・
“はじめ”さんの元に繋がることはなかった。
私からの電話では、“はじめ”さんに繋がることはないらしい・・・。
私はその程度の女なのだと、改めて自覚をした。
認めて貰えない女なのだと、改めて自覚をした。
それは、そうだ。
私は名前も覚えて貰っていない。
ただの“3”の女・・・。
ただの“3”の女・・・。
10月の排卵日には、また連絡をくれるのか・・・。
妊娠したら、結婚をしてくれるらしい・・・。
私は、結婚がしたい・・・。
私は、結婚がしたい・・・。
私の存在を、認めて貰いたい・・・。
私の存在を、認めて欲しい・・・。
私は、結婚がしたい・・・。
私は、結婚がしたい・・・。
留守電になることなく鳴り続けるスマホを耳に当てながら、窓から夜空を見上げる。
今日もやっぱり曇っていた・・・。
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