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病院名と入院日、手術日は聞き出せた。
それを急いでスマホにメモし、お店の前で別れたお母さんの後ろ姿を見る。
安っぽいオフィスカジュアルの服を着て、足を引きずって歩くお母さん・・・。
その肩には大きな鞄が掛かっている。
お母さんは、保険会社の営業で働いている。
そこまで売上は良くないから、基本給に少しインセンティブが上乗せされるくらい。
私も社会人になっているのに、“サチにお金を少しでも多く残す”と言って・・・変わらず質素な生活を続けている。
うちは、母子家庭だった。
お母さんが女手一つで私を育て、私立大学にも行かせてくれた。
自分の足を手術することもなく、ずっと、ずっと、足を引きずりながら・・・。
そんなお母さんが手術をすると決めたのは、日常生活に支障が出てきたか、痛みが酷くなってきたからだと思う。
そんなお母さんの、小さくなっていく後ろ姿を見て・・・
泣きたくなった・・・
泣きたくなった・・・
泣きたくなったまま、会社に戻ろうと振り返ると・・・
「“はじめ”さん・・・。」
“はじめ”さんが、“普通”の姿の“はじめ”さんが、私のすぐ後ろに立っていた・・・。
驚き、固まりながら・・・“普通”の“はじめ”さんを見上げる。
でも、“はじめ”さんは私ではなくて、遠くの方をしばらく見て・・・それから私を見下ろした。
そして、優しい顔で笑った。
凄く、優しい顔で・・・笑った・・・。
そんな顔を見て、なんだか泣きそうになった・・・。
なんだか、泣きそうになった・・・。
「秘書課の・・・岡田さん?」
そう、私の名前を呼んだのは・・・少し離れた所に立っていた副社長だった。
副社長が少し驚いた顔で私を見ていて、その顔がなんだか見られなくて・・・急いで視線を逸らした。
「・・・女って、恐ろしいな・・・」
そんな小さな副社長の声が聞こえたけど、私は少し俯いた。
「これから、副社長とお昼食べに行く。
お昼食べた?」
「ハンバーガー、食べた・・・。」
「分かった。
また、連絡する。」
そう言って、私の肩をポンポンッと優しく2回叩いた・・・。
俯きながらも、目の前から離れていく気配を感じ・・・
なんだか、泣きそうになった・・・
なんだか、泣きそうになった・・・。
*
秘書課の部屋にお昼休みギリギリで戻り、課長のデスクへ。
「課長、お金ありがとうございました。
これお釣です。」
封筒を両手で渡しながら、課長にお礼を言う。
課長は優しい顔で笑いながら、それを受け取る。
「ちゃんと美味しい物食べてきた?」
「はい・・・。
ハンバーガーとポテトとジュースを・・・。」
「よかった、美味しい物食べられたね。」
「本当に、ありがとうございました。」
「リップ、直し忘れてる。
女子トイレで直してから、午後の仕事始めて?」
そう、指摘をされ・・・
お昼休憩が終わる前に、女子トイレでリップを塗り忘れていたことを思い出した。
化粧ポーチを取りにデスクに戻ると、みんなが優しい顔で私を見ている。
「ハンバーガー、食べてきたんだ~?」
「うん、今回も・・・。
お母さんの思い付く贅沢が、ハンバーガーだから。」
「うちはラーメン屋かな~。」
「私の所は、お父さんの手料理!
全然美味しくないけど、たまに作ってくれるのが贅沢でした!」
みんなが、それぞれの“贅沢”を話す。
秘書課のメンバーは、何故か家庭環境が複雑なメンバーばかりで。
先輩達が言うには、代々そういうメンバーらしい。
特に面接で伝えた覚えもないけれど・・・。
最後の社長面談で、社長直々に“秘書課”への配属を告げられた。
そんな社長のことを考えていると、秘書課の扉がノックもなく開いた。
そして・・・
「ただいま~。」
と、社長が入ってきた。
「社長、お帰りなさい!!」
みんな、良い笑顔と元気な声で言う。
そんな私達に、社長は嬉しそうな顔で、持っていた紙袋を見せてくる。
「お客さんからお菓子貰ったから、みんなで食べなさい。」
「やった!ミキパパ、大好きー!!」
と、入社2年目の後輩が紙袋を両手で受け取り・・・胸に抱き締めた。
そんないつもの光景を見ながら、みんなで笑う。
社長・・・近藤幹生(みきお)社長、その社長が手土産を持ってきてくれた時、秘書課では“ミキパパ”と呼ぶ。
たまに、本当にたまにだけど、お金を課長に渡してくれ、みんなでご飯を食べに行ったりもする。
そんな時は“ミキパパ”にお礼として、帰りにちょっとしたプレゼントをみんなで選ぶ。
“KONDO”の他の社員は、知らない。
“KONDO”の秘書課は、ただの会社の部署ではない。
優良物件を常に狙っている、ただの雌豹の群れではない。
“KONDO”の秘書課は、“家族”。
“ミキパパ”がくれた手土産を、入社2年目の後輩が嬉しそうに開け、それを1つずつみんなに配っていく。
課長が“ミキパパ”と何かを話していて・・・左手の甲を見せ、婚約指輪を嬉しそうな顔で見せている。
あの人は、“秘書課”の“お母さん”。
そして、私は・・・
「はい、1番上のお姉ちゃん!」
そう言って、入社2年目の後輩・・・末っ子が私にお菓子を渡してくれる。
それにお礼を言って、笑い掛ける。
“KONDO”の秘書課は、“家族”・・・。
複雑な家庭で育った私達の、もう1つの、“家族”・・・。
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