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「四宮教授、今日もアポ入ってるね~?」




隣の席の後輩が、予定表を見ながら私に言ってくる。

あの日から、たまに“はじめ”さんは副社長とアポが入っている。





「なんでうちの会社に来てるんだって~?」




「聞いてないわよ。

副社長案件だし、変に探りたくないわね。

そんなことでバレてクビになるには勿体ない会社だから。」




「それはそうだね。

あ、そういえば今日のお昼、お母さんとランチしてくるんだっけ?」




「そうね、こっちの方に仕事で来てるのよ。」





28歳になる年、5月から一人暮らしを始めた。

実家の家には帰っていないので、お母さんに会うのは久しぶりだった。





「岡田さん、これでお母さんと美味しい物食べてきな!」





課長がそう言って、1万円札を渡してきた。

それに慌てて両手を振る。





「頂けませんよ!

ランチですし・・・私もちゃんとお給料貰ってますから!!」




「いいの!私も先輩にしてもらってたから!

今度は岡田さんが下の子達にやってあげればいいの。

そうやって秘書課は代々やってきてるんだから。」





そう言ってくれている課長に、私は立ち上がって両手で1万円を受け取り・・・深くお辞儀をした。





「ありがとうございます・・・。」




「今は私が秘書課のお母さんだしね!

それに、今日は凄い気分も良いし!!」





そう言って、課長が左手の甲を私に向けてきた。

そこには、秘書課の朝礼でも見せてくれた婚約指輪が輝いている。





「本当におめでとうございます!!」




嬉しそうに笑っている課長に、またみんなで祝福する。




「結局、課長も男漁りで狙った獲物じゃないですよね~。

学生からの男友達とか、もっと早く結婚すればよかったじゃないですか~。」




「つい最近、そういうことになったの!

“30まで独身で可哀想だから”とか言われて!」




「秘書課の先輩達って、最終的に選ぶ相手は元々の知り合いが多いですよね~。」




「そうなんだよね!

まあ・・・素でいられる相手って楽なんだよ。

それ1回知っちゃうと、男漁りで狙ってる相手と会うと“違う”と思っちゃって!」





課長が、そこまで大きなダイヤではない婚約指輪を、嬉しそうな顔で見下ろす。





「私も結局、先輩達と同じように・・・自分にとっての優良物件を選んだ。」





幸せそうに笑う課長に、「お母さんおめでとう!!」と、またみんなで祝福する。






「課長!私この前、岡田先輩にこのリップ買って貰ったんです!」






そう言って、入社2年目の後輩が嬉しそうな顔で“婚活リップ”と話題になっているリップを課長に自慢している。






「これ有名だよね~!

お上品な色でナチュラルだけど、ちゃんと発色してくれるやつ~!」




「これつけるようになってから、合コン良い感じなんですよね~!

岡田先輩、ありがとうございます!」






後輩がそう言って、嬉しそうな顔で私を見る。

それに笑いなら、私も頷く。






「岡田さん、少し早いけどもうお昼出ちゃいな!

お母さんによろしくお伝えして!」






1万円札を大切に封筒に入れ、課長やみんなに見送られながら、秘書課の部屋の扉を開けた・・・。









私の会社の近く、お母さんと待ち合わせの場所に立っていると・・・向こうからお母さんが歩いてくるのが見えた。




安っぽいオフィスカジュアルの服を着て、片足を引きずらせながら歩いてくる。

そんなお母さんを久しぶりに見て、なんだか泣きそうになった・・・。




私に気付いたお母さんが笑いながら、手を振ってくる。

それに手を振り返し、笑った。




「サチ、久しぶりだね。

もっと実家の家に帰ってきなよ。」




「うん、ごめん・・・。

今度帰る・・・。」




これには苦笑いで、お母さんを見る。

お母さんは、私を伺うような顔で笑いながら見ている・・・。




「お母さん、何食べたい?

秘書課の課長から1万円も貰っちゃった!

お母さんによろしくって、美味しい物食べてきなって言ってたよ?」




「1万円も!?

・・・前も、こんなことあったよね?

本当に良い課長さんだよね~。」




「昨日婚約したらしくて、今日は特にご機嫌だったしね。」




そう答えると、お母さんが嬉しそうに笑って「良い職場で良かった」と何度も頷いた。





そして・・・




そんなお母さんが選んだお店が・・・





「本当に、ここで良かったの?」





ハンバーガーを美味しそうに食べるお母さんを見ながら、私もハンバーガーを食べる。

お母さんが選んだのは、チェーン店のハンバーガー屋・・・それも1番お安いチェーン店の。





「贅沢する時は、ここしか思い付かないから。

でも、今日はハンバーガーだけじゃなくてポテトもジュースも頼ませて貰ったから。」





そう言って嬉しそうにハンバーガーを食べるお母さん。

それも、1番お安いハンバーガー。

ポテトもジュースもSサイズ。




「サチこそ、もっと頼んだら良かったのに。

折角課長さんから1万円も貰ったのに。」




そう言われ、自分のトレーの中を見る。




そこには、私も1番お安いハンバーガー。

ポテトもジュースもSサイズ。

お母さんと全く同じ物を注文していた。




それに2人で笑い合いながら・・・

久しぶりに食べたこのお店のハンバーガーは、美味しかった。




食べ終わる頃、お母さんがジュースを飲み終えてから、私を見た。




「お母さん、足の手術することになったから。」




それを聞いて、安心した。

お母さんは生まれつき股関節に問題があり、ずっと足を引きずって歩いていたから。




「いつ、入院するの?手術日は?

会社休んで私も付き添うから。」




「お母さんの心配はいらないから、サチは仕事してて?

有給休暇勿体ないでしょ?」




「こんな時に使わないでいつ使うの。

それに、お金も私が出すから。」




「いらないいらない。

お母さんだって働いてるから、サチのお金が勿体ないでしょ?」

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