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それからは・・・




「今日しても・・・意味あるの・・・っ?」




“はじめ”さんのボロッボロのアパートの部屋のベッドの上の、ボロボロでヨレヨレの姿に戻った“はじめ”さんとそういうことをしている。




あれから1週間後に連絡があり、会った時には無精髭も伸びていた。

前髪は少し長めくらいの長さだったらしく、やっぱり目には隠れているし、ダサイ眼鏡をしている。




スーツも鞄も革靴も、全てがボロボロでヨレヨレに戻っていた。




四宮一は、有名私立大学の教授だった。

秘書課の雌豹達が調べた情報によると、数理科学という物の教授だった。

本も出しているし、有名な論文もあったりと、結構凄い人らしい。




“働いていない”

そう言っていたのに、四宮一は働いていた。




お金持ちであるようなので、雌豹達は“優良物件”と言っていたけど・・・

私は、“お金持ち”で“私と子どもを大切にしてくれる”人が優良物件だと思っている。




こんなに、嘘や何かを隠しているような男が・・・

私と子どもを大切にしてくれるのか・・・。




私にはやっぱり優良物件とは思えなくて。




それでも・・・




「あ・・・っっ!!」




排卵日でもないのに数日おきに連絡があり、生殖行動ではない・・・性行為をしている。




これがもう、物凄く上手い。

これだけでも、やっぱり落とされてしまう。

デートも何もない、このボロッボロのアパートの1室、そのベッドの上だけの関係だけど。

こんなの、落ちてしまう・・・。







温かいお湯でシャワーを浴び、汗で気持ち悪くなった化粧も落とす。

ボディソープも洗顔フォームもメイク落としも、ユニットバスに置かせてもらった。




ユニットバスを出てから、この前私が洗濯をしたタオルで身体を拭く。

持ってきていたTシャツとハーフパンツの部屋着を着て、部屋に戻ると・・・

“はじめ”さんは今回もいなかった。




紙と本まみれの床の上を、なるべく踏まないように歩きベッドまで戻る。

そしたら、近くの窓から“はじめ”さんの後ろ姿が今回も見えた。




空を見上げながら・・・スマホを耳に当てていた。




震える手で窓を少しだけ開けてみると・・・




“はじめ”さんの小さな声がしっかりと聞こえてしまった・・・。








「うん・・・・・・・うん・・・・・彼女はいない。

・・・・・分かった、今度そっちの家に行く。

・・・配偶者と上手くいってる?

・・・・・・・分かった、何かあったら連絡して。

・・・・・・・・いいよ、二葉(ふたば)は幼なじみだから。うん、じゃあ・・・また。」






そんな会話の後も、しばらくスマホを耳に当てていた。

私の時は、返事も待たずにすぐに電話を切ってしまうのに・・・。

幼なじみの二葉さん、配偶者がいる二葉さんとの電話は、しばらく耳に当てているらしい。




Tシャツの上、胸の谷間にのる指輪を見る。

中心の大きなダイヤ、リングの部分にも全部ダイヤがついている。

あのブランドのこのデザインだと、400万円は超える。




この婚約指輪を、“はじめ”さんは誰に渡そうとしていたのか・・・。




溜め息を吐いて、窓を開け私もベランダに座った。

“はじめ”さんは私を見ることもなく、空を見上げながらお酒を一口飲んだ。




それを見て、少し私の方に寄っていたお酒を取り、私もお酒を飲みながら空を見上げる。




「“はじめ”さん、私の名前覚えた?」




空を見上げたまま、聞く。




「名前、なんだっけ?」




その返事に、泣きそうになった。




泣きそうになった・・・。




「妊娠したら、本当に結婚するのよね?」




「キミがそれでいいなら。」




そんな返事で、そんな・・・返事で・・・。

そこに“はじめ”さんの気持ちや意思はないのだと分かる。




私の名前は、まだ覚えていない。




彼女でもないらしいから・・・。




妊娠して、私が望めば結婚はしてくれるらしい。




でも、妊娠していない今、私は彼女でもない。




“はじめ”さんといると、私には名前がないし、彼女でもない。





私は、なんなんだろう・・・。





今の私は、なんなんだろう・・・。





そして、思い出した。

自分で入力したから、思い出した。





私は、“3”だった。





“はじめ”さんのスマホに登録した。





“さちこ”の“さ”で、なんとなく“3”と入力しておいた。

他の人に“3”の番号を振っていなかったし、それは確認して“3”と入力した。





それからは、連絡が来るようになった。






だから、私は“3”。

妊娠出来るまで、私は“3”。







9月の排卵日は、終わっている。

“はじめ”さんに排卵日を言ったところ、排卵日前後の3日間、当日も含め、生殖行動をした。

だから、その時期は1週間毎日会えていた。







その時感じた幸せを思い出しながら、“はじめ”さんと同じく空を見上げる。

見上げ続ける空は今日も曇っていて、少しだけ涼しい夜だった。







9月も終わり、10月になった・・・。

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