3

それには驚き、でもデスクトップから視線を上げなかった。

上げられなかった・・・。




見たくもなかった・・・。




見たいとも思わなかった・・・。




パソコンのデスクトップに、顔を隠すように仕事を続ける。





そうしていたら・・・





「仕事中申し訳ないが、みんな立ってくれるか?」





と、副社長が言って・・・。





みんなが立った気配がした・・・。





それに溜め息を吐いて、私も立ち上がる。





そして、顔を上げた。





顔を上げて、副社長を見た。





そしたら、副社長が・・・





少し驚いたような顔で私を見ていて・・・





面白そうな顔で笑っていて、物凄く格好良かった。

奥さんがいなかったら、実際に飛び付いてでも狩りにいきたい男。

とにかく、副社長は物凄く良い男。





そんなことを考えながら、秘書課を面白そうな顔で見渡す副社長を見ていると・・・





「いました、お手数をお掛けして申し訳ありません。」





と・・・。

“はじめ”さんが・・・四宮教授が、言った。





そして、明らかに私を見ている・・・。

それが分かって、私は視線を逸らした。




「申し訳ありません。

そちらの・・・29歳3ヶ月と20日の女性、来ていただけますか?」




そんな・・・




そんな・・・




呼び方をして・・・




なんだか、泣きそうになった。




嘘をつかれたより、泣きそうになった・・・。




この人は、私の名前も知らない・・・。





私の名前も、覚えていない・・・。





“妊娠したら結婚する”





そんな約束をしたのに・・・。





結婚、出来ると思ったのに・・・。





全部、全部、嘘だった・・・。





ずっと、ずっと、嘘をつかれていた・・・。





私は、ずっと、ずっと、嘘をつかれていた・・・。





29歳3ヶ月、それと20日の女・・・。

5月15日が誕生日、自分ではパッと分からないけど・・・。

この人が言うなら、私は29歳3ヶ月と20日の女なのだろう・・・。





溜め息を吐き、それでも顔を真っ直ぐ上げたまま、歩きだした。









秘書課の扉から出て、背中に痛いほど感じる視線を遮る為、扉を閉めた。




副社長の視線を感じたので、副社長を見上げると・・・

物凄いキメ顔をしてきて、とにかく物凄く良い男。

この場で今すぐ抱いて欲しいくらい良い男で、そんな副社長を勿体ないのでよく見ておく。




そしたら、副社長がまた面白そうな顔で笑い・・・




「俺には扱いきれないな・・・。」




と呟き、四宮教授にお辞儀をして歩いていった。




そんな副社長の後ろ姿を眺めていると、隣に立っている四宮教授がスマホを手に取った。




「連絡、出来なかった。」




私だって知っていることを、改めて言ってくる。

この場で言い返したい所だけど、すぐ後ろにある扉から絶対に雌豹達が聞き耳を立てている・・・。




仕方ないので、四宮教授の腕を引き、近くの会議室に入った。




会議室を“使用中”にした後、四宮教授を席に座るよう促す。

でも、四宮教授は座らない・・・。




「座ってください。

今、秘書課の雌・・・社員がお茶を持ってくるはずなので。」




そう伝えると、四宮教授が椅子に座った。

それを確認し私も椅子に座ると、そのタイミングで扉をノックされた。




隣の席の後輩が涼しい顔で入ってきて、四宮教授の前にお茶を置き・・・また涼しい顔でお辞儀をして扉から出ていった。




それを見て・・・




それを、見て・・・




ゆっくり立ち上がり、扉を勢いよく開けた。




そしたら、予想通り・・・




扉の前には数人の雌豹が・・・。




それには、笑ってしまう。




「どんな漫画の展開よ、早く仕事に戻りなさい?」




笑いながら言うと、雌豹達も笑いながら群れになって秘書課の方に歩いていく。




「次確認した時にまたいたら、怒るわよ!!!」




そう叫んでから、扉を閉め・・・鍵も閉めておいた。




四宮教授を見ると、笑っていた・・・。

ボロボロでヨレヨレではない姿で笑っていて・・・。

イライラした・・・。

イライラするくらい格好良い姿で、イライラしてくる・・・。




「29歳3ヶ月と20日の女に、何か用ですか?」




「名前、なんだっけ?」




「幸子です・・・。

幸満つる子で、幸子です・・・。」




何度目か分からない自己紹介をする。




そんな私に、四宮教授は困ったように笑った。

そして、スマホを手に持ち私に渡してきた。




「名前が分からなかったから、連絡出来なかった。」




そんな、ことを・・・




そんな、




そんな、




予想も出来なかったことを言ってきた・・・。




驚き、固まっていると・・・。




「名前じゃなくて、数字にして欲しい。

数字を入力して。」




そう言われ、スマホを私に渡してこようとする・・・。




それを眺めながら、言う。





「嘘じゃなかった・・・?」




「嘘?」




「“妊娠したら結婚する”って、嘘じゃない?」




「嘘じゃない。」




そう、格好良い顔で・・・。

ボロボロでもヨレヨレでもない姿で、言う。




溜め息を吐きながら、スマホを受け取り自分の名前を探した。




他の人の名前を見てみると・・・




名前の前に番号が振られている。

全員ではないけど、たまに数字が振られている。

何の数字かは分からないけど、1つの人もいれば3つ、5つの人もいる。




数少ない登録者の番号を確認してから、私は自分の名前の前に“3”と入力した。




そして・・・自分の名前は、消した。




それで登録をして、四宮教授・・・“はじめ”さんにスマホを返す。




「“3”と入力したから。」




「分かった。」




スマホを持ちながら、“はじめ”さんは嬉しそうな顔で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る