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それには驚き、でもデスクトップから視線を上げなかった。
上げられなかった・・・。
見たくもなかった・・・。
見たいとも思わなかった・・・。
パソコンのデスクトップに、顔を隠すように仕事を続ける。
そうしていたら・・・
「仕事中申し訳ないが、みんな立ってくれるか?」
と、副社長が言って・・・。
みんなが立った気配がした・・・。
それに溜め息を吐いて、私も立ち上がる。
そして、顔を上げた。
顔を上げて、副社長を見た。
そしたら、副社長が・・・
少し驚いたような顔で私を見ていて・・・
面白そうな顔で笑っていて、物凄く格好良かった。
奥さんがいなかったら、実際に飛び付いてでも狩りにいきたい男。
とにかく、副社長は物凄く良い男。
そんなことを考えながら、秘書課を面白そうな顔で見渡す副社長を見ていると・・・
「いました、お手数をお掛けして申し訳ありません。」
と・・・。
“はじめ”さんが・・・四宮教授が、言った。
そして、明らかに私を見ている・・・。
それが分かって、私は視線を逸らした。
「申し訳ありません。
そちらの・・・29歳3ヶ月と20日の女性、来ていただけますか?」
そんな・・・
そんな・・・
呼び方をして・・・
なんだか、泣きそうになった。
嘘をつかれたより、泣きそうになった・・・。
この人は、私の名前も知らない・・・。
私の名前も、覚えていない・・・。
“妊娠したら結婚する”
そんな約束をしたのに・・・。
結婚、出来ると思ったのに・・・。
全部、全部、嘘だった・・・。
ずっと、ずっと、嘘をつかれていた・・・。
私は、ずっと、ずっと、嘘をつかれていた・・・。
29歳3ヶ月、それと20日の女・・・。
5月15日が誕生日、自分ではパッと分からないけど・・・。
この人が言うなら、私は29歳3ヶ月と20日の女なのだろう・・・。
溜め息を吐き、それでも顔を真っ直ぐ上げたまま、歩きだした。
*
秘書課の扉から出て、背中に痛いほど感じる視線を遮る為、扉を閉めた。
副社長の視線を感じたので、副社長を見上げると・・・
物凄いキメ顔をしてきて、とにかく物凄く良い男。
この場で今すぐ抱いて欲しいくらい良い男で、そんな副社長を勿体ないのでよく見ておく。
そしたら、副社長がまた面白そうな顔で笑い・・・
「俺には扱いきれないな・・・。」
と呟き、四宮教授にお辞儀をして歩いていった。
そんな副社長の後ろ姿を眺めていると、隣に立っている四宮教授がスマホを手に取った。
「連絡、出来なかった。」
私だって知っていることを、改めて言ってくる。
この場で言い返したい所だけど、すぐ後ろにある扉から絶対に雌豹達が聞き耳を立てている・・・。
仕方ないので、四宮教授の腕を引き、近くの会議室に入った。
会議室を“使用中”にした後、四宮教授を席に座るよう促す。
でも、四宮教授は座らない・・・。
「座ってください。
今、秘書課の雌・・・社員がお茶を持ってくるはずなので。」
そう伝えると、四宮教授が椅子に座った。
それを確認し私も椅子に座ると、そのタイミングで扉をノックされた。
隣の席の後輩が涼しい顔で入ってきて、四宮教授の前にお茶を置き・・・また涼しい顔でお辞儀をして扉から出ていった。
それを見て・・・
それを、見て・・・
ゆっくり立ち上がり、扉を勢いよく開けた。
そしたら、予想通り・・・
扉の前には数人の雌豹が・・・。
それには、笑ってしまう。
「どんな漫画の展開よ、早く仕事に戻りなさい?」
笑いながら言うと、雌豹達も笑いながら群れになって秘書課の方に歩いていく。
「次確認した時にまたいたら、怒るわよ!!!」
そう叫んでから、扉を閉め・・・鍵も閉めておいた。
四宮教授を見ると、笑っていた・・・。
ボロボロでヨレヨレではない姿で笑っていて・・・。
イライラした・・・。
イライラするくらい格好良い姿で、イライラしてくる・・・。
「29歳3ヶ月と20日の女に、何か用ですか?」
「名前、なんだっけ?」
「幸子です・・・。
幸満つる子で、幸子です・・・。」
何度目か分からない自己紹介をする。
そんな私に、四宮教授は困ったように笑った。
そして、スマホを手に持ち私に渡してきた。
「名前が分からなかったから、連絡出来なかった。」
そんな、ことを・・・
そんな、
そんな、
予想も出来なかったことを言ってきた・・・。
驚き、固まっていると・・・。
「名前じゃなくて、数字にして欲しい。
数字を入力して。」
そう言われ、スマホを私に渡してこようとする・・・。
それを眺めながら、言う。
「嘘じゃなかった・・・?」
「嘘?」
「“妊娠したら結婚する”って、嘘じゃない?」
「嘘じゃない。」
そう、格好良い顔で・・・。
ボロボロでもヨレヨレでもない姿で、言う。
溜め息を吐きながら、スマホを受け取り自分の名前を探した。
他の人の名前を見てみると・・・
名前の前に番号が振られている。
全員ではないけど、たまに数字が振られている。
何の数字かは分からないけど、1つの人もいれば3つ、5つの人もいる。
数少ない登録者の番号を確認してから、私は自分の名前の前に“3”と入力した。
そして・・・自分の名前は、消した。
それで登録をして、四宮教授・・・“はじめ”さんにスマホを返す。
「“3”と入力したから。」
「分かった。」
スマホを持ちながら、“はじめ”さんは嬉しそうな顔で頷いた。
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