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そんな“はじめ”さんが、柱の近くの受付に近付いてきた。

そのタイミングで雌豹の1人が受付に寄っていく。

会社名や名前を確認する為に。




その姿を確認し、私はすぐにその場から離れた。




早歩きで、エレベーターに乗る。

エレベーターの“閉”ボタンを何度も押し、秘書課のフロアがある階のボタンを押した。




エレベーターが動く間、深呼吸を何度もした。

そしてすぐに開いたエレベーターから、また早歩きで廊下を歩き・・・女子トイレの個室に駆け込むように入った。




泣きそうだった・・・。




泣きそうだった・・・。





私は、嘘をつかれていた・・・。





“働いていない”と言っていたのに・・・。

ボロボロでヨレヨレのスーツ、安っぽい鞄しか見ていないのに。





あのボロッボロのアパートには、あんな高そうなスーツも鞄も磨かれた革靴もなかった。

お洒落な眼鏡もカミソリも髭剃りだってなかった。





“帰る時は連絡する”

あのボロッボロのアパートには、そもそも帰っていないのかもしれない。

もう1つ・・・ちゃんとした家があるのかもしれない。





全部、全部、嘘だった・・・。

全部、全部・・・。





ずっと、嘘をつかれていた・・・。





“妊娠したら結婚する”





そう、言っていたのに・・・。





嘘をつかれていた・・・。





私はずっと、嘘をつかれていた・・・。





全部、全部、嘘だった・・・。





全部、全部、嘘だった・・・。





涙で視界は滲んだけど、瞬きはしなかった。

流す涙も勿体ないから。

男に嘘をつかれたくらいで流す涙なんて、勿体ないから。





震える手で、首に掛けていた長めのネックレスのチェーンを引く。





スーツの下のトップスの首元から、輝く指輪が出てきた。

そのネックレスのチェーンを首から取り、手の平の指輪を見下ろす。





涙で滲んだ視界で、輝く指輪はもっと大きく・・・もっと広く、輝いていた・・・。









「岡田先輩、何で途中でいなくなったんですか?」




仕事に戻っていると、後から戻ってきた後輩が聞いてきた。




「あの獲物、優良物件でしたよ!

あの有名私立大学の教授でした!!」




「そう。」




「結婚指輪もしてなかったです!!

でも、私はタイプじゃないかな~・・・。

他の先輩が狙うって言ってました!」




「そう。」




後輩に返事をしながら、社長に提出する資料を作成していく。

各部署から吸い上げた資料。

その報告とあわせて、今後考えられることを私なりにコメントとして残していく。




最初の頃、社長に提出する際に断りを入れてから少し話したところ、興味を持たれた。

それからは社長の指示で、私なりの“予想”をコメントとして載せている。





その資料を作っている時、経理部から内線が。





1コール鳴り始める前、電話機が光っただけで受話器を取る。






話を聞き終わる前に、伝えた。






「資料、今データで送りました。」






提出しなくていいと言われていたけど、これがあった方が経理の処理もしやすい資料。

それがやっぱり必要だと思ったようで、連絡をしてきた。

予想出来たことなので、データのアイコンをデスクトップに移していたから、すぐに担当者に送ることが出来る。





「岡田さんって、本当に仕事早いよね~。」




隣の席の1つ下の後輩に言われる。




「普通じゃない?」




「普通じゃないって~。

まず、そのデスクトップが普通じゃない。

よくそれでデータがどこにあるのか、すぐに見付けられるよね~。」




隣の席の後輩に言われ、デスクトップを見る。

そこには、デスクトップいっぱいにアイコンが並んでいる。




このアイコンを、私は“予想アイコン”と名付けていて、これから起こる可能性のある処理に必要なデータや資料をここに並べている。




そして、今回みたいに終わった処理については、デスクトップから綺麗に整理されているファイルの方に移す。




「それ、よくすぐに見付けられるよね~?」




「私の中ではどこに何があるのか分かるから、すぐに見付けられるわよ。」




「流石、秘書課の中でも社長案件ばっかり任されるだけあるよね~。」




「入社7年目で、古株だからよ。

あなたは転職だけど、私は新卒からいるから。」





そんな会話をしながらも仕事をしていたら・・・





秘書課の扉がノックされ、開いた・・・。






開いて、固まった・・・。






“KONDO”、うちの会社の・・・副社長が立っていたから・・・。





“KONDO”の秘書課では、会社全体の細々したことを、社長である近藤社長に上げたり、また各部署に下げたりもしている。

そして、近藤社長の個人的な指示も色々と受け、動いている部署。




でも、1つだけ・・・

秘書課がノータッチの所がある。




それが、副社長。

そして、副社長の秘書である、副社長の社長室。

ここだけは、静かに・・・密かに・・・何かをして、何かを完結させている。




そんな副社長が、秘書課の扉を開けるなんて・・・2回目だった。




1回目は、社内にいる気に食わない女の誕生日プレゼントを家まで届けるよう、定時を少し過ぎた時に言ってきた。




それも、何故か私を名指しして。




そんな1回目から数年経ち、また秘書課の扉を開けた副社長。

何事かと思ったけど、課長が驚きながらも席を立っていたので、私は仕事を続けようとデスクトップに視線を移した・・・











その時・・・










「あ・・・四宮教授いるよ~。」









と、隣の席の後輩が言った・・・。

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