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“帰る時は連絡する”

“はじめ”さんはそう言っていた。

ちゃんと私の連絡先もスマホに入れた。




捨てる予定だった指輪・・・たぶん婚約指輪。

前の彼女に渡す予定で渡せなかった婚約指輪だけど、それを私にくれた。




“排卵日を調べておいて”

そう言われたから、私は排卵日も分かるアプリを入れて分かるようにした。




でも、私の排卵日は2回も過ぎてしまった。

7月の排卵日も、8月の排卵日も過ぎてしまった。




9月に、なった・・・。




9月になっても、“はじめ”さんから連絡が来ることはなかった・・・。




何度も何度もスマホを確認したけど、“はじめ”さんからの連絡は来ていなかった・・・。





「岡田先輩、最近男漁りしてないですよね?

彼氏出来たんですか?」





入社2年目の後輩が、仕事をしながらも聞いてくる。

その後輩の方を見ることなく、返事をする。





「29歳にして、秘書課のルールを破った結果よ。」




「ワンナイト、しました!?」




「したわよ、あんなのやるものじゃないわね。」




「私もそれ、遂に学びました!!」





後輩が少し怒りながらも、笑っている。






「ワンナイトの男とはダメだった?

連絡来るとか言ってたじゃない。」




「最初は来てましたし、デートみたいなこともして、付き合おうってなったんですけどね~。

なんか軽く扱われてる感じもして、向こうの熱もワンナイトの日が1番高くて、後は下がる一方でした。」




その話に私は頷く。




「確実に落とすなら、ワンナイトはしちゃいけないのよね。

“KONDO”の秘書課の雌豹達が、大切に受け継いできた“ルール”。」




タイピングの手を止め、後輩を見る。




「破るものじゃないわね。

私は1回も連絡来なかったわよ。」




「えー!?岡田先輩が!?」




「知ってたのよ、ワンナイトは絶対にしたらいけないって。

確実に落としたいなら、絶対にしたらいけないのよ。」




「何度か経験あるんですか?」




「昔、1回ね。

セフレになって終わったわ。」




そんな会話をしていた時、秘書課の雌豹の1人が声を上げた。





「今日の14時、副社長のアポ、四宮教授って初めてじゃない?」





その号令のような掛け声に、みんなが一斉に自分のパソコンで予定表を確認する。

秘書課の雌豹達の男漁りは、社外だけでなく勿論社内でも。

来客者のチェックも欠かさない。





条件反射で私も予定表を確認すると、有名私立大学名の下には“四宮”教授と書かれている。

今、1番聞きたくない名字でもあった。





「そろそろじゃない?

確認したい人は、見てきていいからね!」





いつも通り、課長のその言葉に数人の雌豹が立ち上がる。

そして、これから狩りに出掛ける・・・。





「岡田先輩!!行きますよ!!」





やる気満々の後輩に腕を引かれ、オフィスの1階まで降りることとなった。




オフィスの1階、エントランスの柱・・・その定位置に雌豹達が立つ。




「大学の教授なんて、珍しいよね?」




「どうせ、おじいちゃんじゃないですか?」




「一応、確認。逃した獲物が大きかったら後悔するでしょ?」




そんなみんなの会話を聞きながら、私はスマホをまた確認していた。

電話番号でもメッセージは送れるし、出られなくても留守番電話にメッセージが残せる。




何度も確認しているメッセージ、留守番電話の設定がされているかも、また確認した。

何度確認しても、“はじめ”さんからの連絡は来ていない。




これは、もう来ない・・・。

9月になってしまった・・・。

排卵日は2回も過ぎてしまった。




だから、ワンナイトはしてはいけない。

そんなのはとっくに知っていた・・・。

知っていたのに・・・。

正攻法では落とせないと判断した・・・。




でも、結局落とせなかった・・・。




私が落ちて、終わった・・・。




私が落ちて・・・。




終わった・・・。




そう思いながら、暗くなった画面を見下ろしていた時・・・












「すっごいイケメン発見!」






と、雌豹の1人が興奮しながら言った。





その号令のような掛け声に、条件反射で顔を上げ確認する。





そして・・・





持っていたスマホを落としそうになった。





それくらい、驚いた・・・。





だって、歩いているから・・・





“普通”に、歩いているから・・・。





“はじめ”さんが・・・





ずっと、連絡を待ち続けていた“はじめ”さんが・・・





うちの会社のオフィスの1階を・・・





“普通”に・・・






“普通”に・・・






歩いているから・・・。







「うちの会社にいないタイプのイケメンだね!

スポーツやってました系のイケメンが多いから!

知的系の獲物来た~!優良物件かな!?」






そんなコメントが出るくらい、“はじめ”さんは“普通”に歩いていた・・・。







髪の毛は白髪もなく、綺麗に切り揃えられている。

それをお洒落なオールバックにセットし・・・

ダサイ眼鏡ではなく、縁が目立たない格好良い眼鏡を掛けている。

そこからは、二重瞼のキリッとした目がよく見えた。





そして、無精髭も綺麗に剃られ・・・

青白いくらい白い肌だけど、そこによく整った、格好良い知的な“はじめ”さんの顔が・・・。





そんな“はじめ”さんが、歩いている・・・。





“普通”に、歩いている・・・。






ボロボロでヨレヨレのスーツではなく、恐らくそこそこ高いスーツを着て、恐らくそこそこ高い鞄を持って、よく磨かれた革靴を履いて・・・。






“普通”に・・・






“普通”に、歩いている・・・。








猫背でもなく・・・








身体を縮めるようにでもなく・・・








“普通”に・・・








姿勢良く、歩いている・・・。

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