2

驚き、返事が出来ずにいると・・・

“博士”は私の返事を待つことなく、ヨレヨレでダブダブのスーツのズボンのポケットから、小銭をジャラジャラと手に取り・・・

クレーンゲームに小銭を入れた。




それから少しだけ立つ位置を変え、何かを確認するような仕草をして・・・




クレーンゲームの正面に戻ると・・・




アッサリと・・・




1回で・・・




たった、1回で・・・




1番大きなクマのぬいぐるみを、落とした・・・。




それをゆっくりと取り出し、私に差し出して・・・




「どうぞ。」




と・・・。




それを両手で受け取り、クマのぬいぐるみを見下ろすと・・・

バカにしていたように見えていた顔が、可愛い顔をしていた。





そして、お礼を言おうとして“博士”を見ると・・・





大変なことが起きた・・・。





格好良く、見えてしまった・・・。





イライラするくらい、格好良く見えてしまった・・・。




「それでは、失礼します。」




そう言って、“博士”は私の返事を待つことなく・・・猫背の背中を向け歩いていく。




それに慌てて、“博士”を追いかける。




「待って・・・っ」




“博士”に並ぶと、立ち止まってくれ・・私を見下ろしている。




そして、無精髭に囲まれた口をゆっくりと開き・・・




「名前、なんでしたっけ?」




と、聞いてきた・・・。




「幸子・・・。岡田幸子。

さっきも合コンで自己紹介したわよ。」




「そうですね、先程はどうも。

では、失礼します。」




それだけ言って、また歩き出してしまって・・・また後を追う。




「あのゲームセンター、よく来るの?」




「1回目のゲームセンターでした。」




「それで会えたなら、凄い確率じゃない。」




「そうですね・・・。」




そう呟いたかと思うと、急に立ち止まり・・・

安っぽい鞄からグシャグシャの紙を取り出し、鉛筆で何かを書き始めた。




「何書いてるの?」




「確率を計算しています。」




「この先も計算しなさいよ。」




「この先ですか?」




「私が“博士”と一緒に、“博士”の家まで行ける確率。」




前髪や眼鏡でよく見えないけど、顔を上げた“博士”はきっと驚いている。




そんな“博士”に笑い掛ける。

優良物件ではないけど、狙った獲物は・・・確実に落としたい。




確実に、落としたい・・・。







“博士”は挙動不審になっていたけど、意外にもすんなりと一緒に電車に乗り、博士の家の最寄り駅で降りた。




「“博士”は、何の仕事してるの?」




「仕事はしていません。」




そんな驚きの回答、予想も出来なかったような回答が返ってきた。




「キミは合コン女王と聞きましたが。

今日は何回目の合コンですか?」




「合コン女王?なによそれ。」




「お店に到着する前に友人が言っていました。

1人変更になって、その女性は合コン女王だと。

秘書の仕事をしていると言っていたので、キミのことだと推測した次第です。」




「合コン女王なんて初めて言われたけど、ほぼ毎週金曜日は参加しているし、土曜日もたまに入れてるわね。」




「それは、いつからですか?」




「社会人1年目の時からね、なんでこんなこと聞くのよ?」




「計算したかったので。」




“博士”がそう言ってから、少し早歩きになった。




そして・・・ボロボロのアパートへ。




ボロボロなんてものじゃない。




ボロッボロのアパートの敷地に入っていき・・・





「それでは、失礼します。」





と・・・。

1階の部屋の前でそう言って、私に背を向けた。





ヨレヨレでダブダブのスーツのズボンのポケットから小銭の音を響かせる。

そこから鍵を取り出し、鍵穴にガチャガチャと音を鳴らしながら・・・少し長めに掛かった鍵を開けた。




扉を開けたかと思うと・・・




そのまま1人で入り、扉を閉めようとするので・・・




「待って・・・っ」




慌てて扉を押さえ、“博士”の顔を見る。




「さっき、コンビニでお酒買ったじゃない。」




「そうですね、キミが。」




「飲み直しましょうよ。

“博士”全然飲んでなかったじゃない。」




「お酒は飲みませんので。

一緒に僕の家まで来たので、これで終わりです。」




「・・・部屋に入れてくれてもいいじゃない。」





こんなに必死になったことはなかった・・・。

今まで、数えきれないくらい合コンにも参加してデートもした。

でも、私がこんなに必死になったのは初めてだった。





こんなに、相手にされないのは初めてだった。






「彼女、いるの?」




「キミはいるんですか?」




「いないわよ。」




「そうですか。僕もいません。」




「それだったら、部屋に入れてよ。」






挙動不審になっている“博士”を見る。







「部屋に、入りたい・・・。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る