恋した博士に名前を覚えてもらえるまで

Bu-cha

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「岡田さん、今日の合コンどこと~?」




秘書課の中、仕事をしながらも皆で今日もこんな会話をしていく。

隣に座る、1つ下・・・28歳の後輩から聞かれタイピングをしながらも答える。




「商社マンね。そっちは?」




「いいじゃないですか~!

私はプラズマの研究?してる会社の人が幹事だったかな~。」




「そっちこそいいじゃない。」




「じゃあ、交換してくれます?」




タイピングの手を止めることなく、隣の席の後輩を見る。




「今度良い案件があったら、その時は交換するのよ?」




雌豹のような目をした後輩が、キメ顔で笑い頷く。

それに私も同じような顔をして頷いた。




その時、今年で30歳になった課長の女の人が立ち上がり・・・














「金曜日!今日も定時で上がって男漁り行くよ!!」




「りょうかいで~す!」




「あんた彼氏出来たじゃん!」




「もっと良い優良物件あるかもしれないし、男漁りは止められな~い!」





金曜日、スポーツ用品業界最大手の“KONDO”。

その秘書課では、いつもテキトーに仕事をしている雌豹達が本気を出す。





定時で上がって男漁りに行く為に・・・。

勿論、私もその1人。





全員で定時に上がり、会社のロッカールームで着替えや化粧を直していく。




「結局さ~、こういう清楚系がウケるよね~。」




「合コンだからじゃない?

クラブとかだと派手で露出してる方がウケるし。」




「それはワンナイトでしょ~?」




「それは言えてる!!」




皆の会話を聞きながら、私も清楚な服装に着替えていく。

化粧もナチュラルメイクに見えるよう、しっかりメイクを。




「みんな!ワンナイトはダメだからね!!」




課長が大きな声で、秘書課でのルールを今日も言う。




その時、隣にコソッと立った入社2年目の女の子が私に耳打ちしてきた。




「岡田先輩、私この前、出会ってその日にしちゃいました。」




「バカね、セフレになって終わりよ。」




「でも、まだちゃんとメッセージ頻繁にくれるし電話もくれますよ?」




「いつまで続くのかしらね。」




自信満々の後輩の顔を見て、少しだけ笑い掛ける。




「若いんだから、勿体ない身体の使い方しないで、確実に落としなさい。」







普通の居酒屋よりも、少しランクが上の店。

和食系の創作料理屋、その個室の中・・・

男女が4対4で向かい合って座っている。




他の女の子3人を見ると、1人は知っている子。

たまにあの後輩と交換をした時にいる子で、今回の幹事。

会った時にちゃんと挨拶をしてお礼を言った。

他の女の子3人にも、礼儀正しく。

他の女の子からも次の合コンに誘ってもらえるかもしれないから。




でも、ちゃんと伝えてもある。

“私は29歳で時間がない。”と・・・。




なので、今回も全力で狙いに行く。

狙った獲物、優良物件を・・・。




目の前に座る男性陣が、1人ずつ自己紹介をしていく。

顔面は、そこまで気にしていない。

生理的に受け付けられるなら、それでいい。

格好良ければなお良いけど・・・。




今回の男性陣は、大学での知り合いらしい。

あの1番有名な国立大学出身で理数系・・・有名企業や、知らないけど研究所に勤めているような人達。




年齢も、30代前半から中盤・・・。




顔面は生理的に受け付けられる。

顔も良ければなお良いけど、そういう人はだいたい相手がいる。

それは・・・何度も経験しているので、もう知っている。




そんな、私からすると優良物件の中・・・

4人中1人だけ、候補から除外した。




私は真ん中の方に座っていて、その男は右斜め・・・1番端、扉に1番近い席。

猫背で小さく縮こまるように座っていて、置かれているビールも1人だけ乾杯しないまま・・・一口も飲まないまま。




斜め下を向いたまま、ピクリとも動かず座っている。

ボサボサの髪の毛は毛量も多くて、ところどころ白髪が混じる。

髪の毛は全体的に長めで、前髪はやけに長い。

目も隠れてしまっているし、そこにダサイ眼鏡をかけていて、青白いくらい白い肌に無精髭が伸びている。




それに、ヨレヨレのワイシャツ・・・。

ヨレヨレなだけじゃなく、ところどころ汚れもある。




自己紹介では、名前と年齢だけをボソボソと言っていた。




四宮 一 (しのみや はじめ)、36歳。




職業も何も言わず、ただ他の男性陣からは“博士”と言われていた。




そんな男だけは除外し、私は今日も優良物件を狙う雌豹となる。




岡田幸子(さちこ)、社会人7年目の29歳。

今は6月。5月で私は29歳になった。

女としての価値は年々下がっている。




合コンでの男性陣からの扱い方が変わってきた。

最近ではお会計でお金を出すこともよくある。

それはデートでも。




それが嫌だとかそんな単純な話ではない。




私は、お金持ちと結婚がしたい。

お金持ちで安定していて、私も子どもも大切にしてくれるような男と結婚したい。




それだけ・・・。




ただ、それだけなのに・・・。




それは、凄く難しいこと。




でも、私はそんな男と結婚する。

そんな優良物件と、結婚をする。




その為に、今日も雌豹となり優良物件を狙う。







「幸子ちゃん、連絡先聞いてもいい?」



「勿論、交換してください。」




席替えもなかったような合コンだった。

合コン慣れしていない男の人、こういう理数系の・・・真面目そうな男の人だとそういうことはある。




でも、女慣れしていないこの感じ、私は嫌いではない。




「幸子ちゃんみたいな子と知り合いになれたの、凄いな・・・。」




そう言って照れたように笑ってくれる。

大手家電会社、開発の部署に勤めている男の人。

この人が男性陣で1番喋れる男の人だった。




そんな優良物件に出会え、しかも1番狙っていた人・・・

この人の一言でお会計も男性陣が出してくれた。




でも・・・“博士”は財布も出さず、それにこの人も気にすることもなく、男性陣3人でお会計をしてくれた。




2時間ちょっとの合コン中、“博士”は一言も喋らず、ピクリとも動かず・・・




そして、店を出たら姿を消していた。




「“博士”って人、何で来たの?」




あの人がいなかったら、もう1人男性陣の枠があったかと思うと、勿体ないと思ってしまった。




「この前会った時に“結婚したい”って言ってたから、無理矢理連れてきたんだよね。」




優良物件の人のこの発言には、驚いた。




「ああいう人でも、結婚したいって思うのね。」




今日は二次会には行かず、夜の繁華街を歩いた。

何人もの男の人・・・お酒の匂いがプンプンする男の人からナンパをされる。




それを無視しながら、歩き続ける。




歩き続け、




歩き続け、




フッと、足を止めた・・・。




ガヤガヤと煩い繁華街の中、そこからはもっと煩い音が・・・。




そこは、ゲームセンターだった。




ゲームセンターの入口からは、クレーンゲームが見える。

昔懐かしいクマのキャラクターのぬいぐるみ。

昔は好きだったのを思い出し、初めて入るゲームセンターにフラッと入った。







クマのキャラクターのぬいぐるみが入っているクレーンゲームに、お財布から出した小銭を入れた。




そして・・・




「全然取れない・・・。」




何回も何回もやってみるのに、全然取れやしない。




あの、1番大きなぬいぐるみが欲しい。

1番大きくないと嫌。

1番良い物が良い。




私にはお金があるし、好きな物を買える。




でも、狙うのはいつも1番良い物。




優良物件が良い・・・。




私は、優良物件が良い・・・。




優良物件以外は、いらない・・・。












もう、何度目になるか分からない。

お札を何度もくずして、いくらこのクマに使ったか分からない。





こんな、なんでもないクマ。

そのクマが私をバカにしたような顔で見ているような気がする。





絶対、取ってやる。





絶対、取ってやる。





絶対・・・





絶対・・・





落としてやる・・・





落としてやる・・・。







そう思ったけど・・・







「ちょっと!!!!

これ、詐欺なんじゃないの!?」







全然落ちなくて、近くにいた店員に文句を言う。







「・・・取りやすい位置に移動させますので、どれを取りたいですか?」





「はあ!?そんなことされて取っても嬉しいはずないでしょ!?」








すぐに言い返すと、店員が困った顔で口元にあるマイクみたいなので何かを話している。








「責任者呼びなさい!」









そう、言った時・・・










「あの1番大きなクマですか?」









そう、後ろから聞かれて・・・・









振り向くと・・・









さっき、合コンにいた“博士”がいた。



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