第三十五話 デビューの理由

 

 色々と衝撃の事実が判明したお昼ご飯も終わり、今は帰りの車内。


 ちなみに美咲の盛り付け最高傑作は『揚げ物地獄』だ。

 大きなどんぶりに山盛りの白米。大皿に唐揚げや天ぷら、カツ等様々な揚げ物を並べ、その下に塩パスタを敷く。


 美咲は露骨に俺の好みで固めてきた。これには俺もたまらず、最高傑作の認定をしてしまった。


 揚げ物の下に塩パスタを敷くことを思いついた人には俺から国民栄誉賞をあげたい。


「そういえば美咲のギフトってなんなんだ?」


 さっき疑問に思ったことを聞いてみた。【氷】系としか知らない。


「……【氷】よ」


 それなら氷の弾丸を放つなどして遠距離攻撃も出来るはずだが……。

 まあ、そんなのなくたって余裕で勝ってはいたんだけど。


 ちなみに【氷】というギフトは【氷剣】や【氷壁】、【凍結】等の【氷】系全てのギフトを使用出来る。


「私は両親が離婚したあとすぐに防蟲官となるべく訓練を始めたわ。父がいる間はこっそりとしか出来なかったから」


 俺の疑問を察したみたいで、過去のことを話し始めた。

 遠距離攻撃を使わなかった理由があるんだろう。


「氷の弾丸を撃とうとしたわ。どんぐりサイズの弾を作るのに二分。放って見ても速さは手で投げた方が速いくらい。

 氷の壁を作ろうとしたわ。膝くらいの高さで五分。強く蹴ると砕けるくらいの強度。

 一番上手くいったのが【凍結】。これだけは部屋でも練習できたからでしょうね。それでもコップの水は凍らせられても、地面を凍らせることは出来なかったわ」


 初めての練習って言うのなら、そんなもんじゃない? と、一応言う。


 多分初めてとか関係無かったんだろうなぁ。とか思いつつ。


「私もそう思ったわ。でも何日やっても全く成長しないのよ。息抜きにやっていたスキルの練習の方が捗ったくらい。

『このままじゃ防蟲官になれない』って必死に色々調べたわ」


 初めてなのが理由だったなら、すぐに上達するはずだよね。


「そこで知ったのが『性格によって上手くギフトを扱えない』場合があること。当時の私は気弱だったから、戦闘を意識して上手くギフトを扱えないんじゃないかって考えたの」


 なるほど。それで……。


「そう。高校デビューを決意したわ。私の知る限り最も堂々としている女性のハルカを参考にして。

 最初は全然効果が無かった。でも私が新しい性格に馴染んで来ると、少しずつ目に見えて成長するようになったの。

 まあ、それでも【凍結】以外はそこまで伸びなかったんだけどね」


 だから遠距離攻撃は使わないのか。


 しかし、美咲の【凍結】速度は目を見張るものがある。

 しっかりと武器にしたな。


「あ、あと私が上手くギフトを扱えなかった理由として思いつくのがもう一つあって……」


 気弱な性格以外にということだろう。


「大っぴらに練習出来なかった時、部屋でこっそりギフトを使ってたのよ。よくやっていたのがケンくんの氷像を作ること」


 まあ意外でも無い。美咲はよく俺に自作のケンくん人形をプレゼントしてくれた。


「その時、クオリティを優先して生成速度は度外視していたから、氷の弾丸とか作るのに時間が掛かるようになったのかも」


 ──有り得るな……。


 性格も間違いなく要因の一つだが、これもそうだろう。


 無駄技術を磨いたばっかりに……。


「無駄じゃないわ。等身大ケンくん氷像に見つめられながらやる訓練は、実に捗ったものよ」


 等身大ケンくん。多分美咲と別れた小学五年生の頃の俺だろうが……想像するに尋常じゃなく異様な光景だ。


「お母さんはドン引きしていたわ」


 お母さんをドン引きさせないでくれ。




 ■■■



「できたわ。ケンくん」


 ──これはとんでもないクオリティだな。


 俺は今美咲製の『七分の一スケール ケンくん氷像』を見せて貰っている。

 制服を着た俺の氷像だ。顔なんかまんまだし、制服の階級章とかも綺麗に作られている。


「結構早くないか?」


 このクオリティで三十秒も掛かっていない。

 これよりも小さく単純なものならもっと早く出来るだろう。


「ケンくん氷像だけの早さよ」


 小さな氷の弾丸とかでも作るのに十秒は掛かるみたい。戦闘には使えないか。


「このケンくんには世話になったわ」


 そう言って美咲が作り出したのは『七分の一スケール ケンくん氷像(小五バージョン)』。

 美咲にとって最も付き合いが長いのはこの姿の俺だろう。


「このケンくんはいつも助けられてたわ。みんなと離れて寂しい時も、辛い時も見るだけで元気になれた」


 美咲は二つのケンくん氷像を見比べるように眺めている。


「……変わったわよね」

「ああ、でかくなった」


 多分見た目の話ではないだろうが。


 美咲は小さく笑った。


 俺は小学生の頃と比べて大分大人しくなった。

 昔はまるで『俺は無敵だ』と喧伝するように、調子に乗った発言を繰り返していたが、今では大体心の中で言うに留めている。


「……私も変わった」


 高校デビューしたしな。


「ねぇ、ケンくん。私は、今でもケンくんの──いえ、なんでもないわ」


 美咲が何を言いかけたのかは分からない。ただ、何かを確かめようとして止めたんじゃないかと思う。


 ──もう俺も大人だ。


 調子に乗った発言を頻繁にしたりしない。


 だけど、まあ偶には言いたくもなる。


「ちょっと貸してくれ」

「? ええ」


 美咲から二つのケンくん氷像を受け取る。

 そして【身体能力強化】!


「ああっ! ケンくん! ケンくんが!」


 強く握り、砕いた。


「ああケンくん……。何故ケンくんを殺したの……!」


 殺してはない。


 嘆く美咲に戒めるように、思い出させるように告げる。


「俺の輝きを見ろ」


 思わず顔をあげる美咲。


 俺はこれ以上彼女に言葉が必要だとは思わなかった。


 正面を見つめ、到着を待つ。


「ええ、そうだったわね……。私たちは……」


 吹っ切れたように呟いた。


 そして深呼吸をし、完全に切り替えると明るい表情で叫びだす。


「ケンくん! ケンくん!! ケンくん!!!」


 調子でてきたじゃないか……。




 ■■■



「ケンくん! 絶対の光!」


 まだ着かないのかな……。



 …………



「ケンくん! 永劫の輝き!」


 やっと着いた。



 …………



「ケンくん! ずっと大好き!」


 基地内ではもう少し声落としてくれない……?



 …………


「じゃあ、お疲れ様」

「ええ、お疲れ様、ケンくん。……太陽の化身!」


 フェイントやめろ。


 次会う時もこんなんだったらどうしよう……。

 俺のせいか? これ。

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