第三十二話 高校デビュー

 変人たちと訓練を重ねて、やっと来た休日。


 気疲れした。悪い人たちではないが話が通じないことがあるのがな。大変。


 一日ベットの上でゴロゴロしていたいくらいだが、今日は用事がある。


「あっ、ケンくーん」

「おはよう。梅子」

「はよッス! あ〜緊張するッス」


 約束を果たそう。




 ■■■




 梅子。福原ふくはら 梅子うめこ。瑠璃色の長髪をハーフアップにした少女で、身長 百五十五センチくらい。


 語尾に『ッス』をつけた特徴的な話し方をするが、これは高校デビュー。言ってしまえばキャラ付けなのだが、本人は気に入っており『これはもう素だ』と言っている。


 清楚なお姫様みたいな可愛らしい髪型に、活発な後輩キャラみたいな口調のギャップが実に素晴らしい子である。


 彼女も俺の隊に入ることが決まっている。


 というのが俺の知っている梅子。


「遥さんになんか持ってった方がいいスかね?」

「手土産? いらないよ」


 俺の存在こそが最高のギフト……。


 あ、あとそうだ。梅子は覆面シンガーソングライター『遥』の大ファンっていうのも知っていることの一つだな。


 この『遥』。俺や美咲の幼なじみである。


 今日はこのコネを最大限活用して、好感度を稼ぐ。


 最初は、『サインを貰って来てくれ』っていうのが梅子のおねがいだったが『どうせなら直接会わないか』と誘ったのが今日のお出かけの理由。


「……遥さんってどんな感じなんスか?」


 あまりにも緊張するから、人となりを予め聞いて、覚悟をしておきたいのだろう。


 それには応えてやりたいが……


「どんな……まあ普通だよ」

「それじゃわかんないッス!」


 梅子の抗議。さもありなん。


 でも人の性格を一言にまとめるのは苦手だ。


「そうだな……強いて言うなら美咲に似てる感じかな」

「美咲ちゃんにッスか」

「美咲を落ち着かせた感じ」

「なるほど。それなら想像つくッス」


 なかなか分かり易く例えられたんじゃなかろうか。


 それ以降梅子は目的地に着くまでを会話のイメージトレーニングと緊張を抑えることに費やした。




 ■■■



 ちょっと格式高そうな料亭。


 遥はシンガーソングライターなので、出来れば個室がいいよね。って話をしてたら梅子が『ここおすすめッス!』と勧めてくれた店だ。


 もう防蟲官としての給料は貰っているし、多分支払いは問題ないが……何を隠そう俺はこういう高級そうなところにあまり慣れていない。


「ハルカはもう中に居る。覚悟はいいか?」

「大丈夫ッス! 待たせちゃ悪いでスし、早く入りましょう」


 うむ。良い目をしている。

 死をも覚悟した目だ。推しに直接会う機会を得たオタクは大体こんな目をする。


 これなら問題無いだろう。


「予約していたケンくんですけど……」

「『ケンくん』でご予約のお客様ですね。お連れ様が中でお待ちになっています」


 そう言って案内してくれる仲居さん。


 案内された部屋は綺麗な日本庭園が見える大きな和室。


 真ん中にちょこんと置かれた机の前にハルカが姿勢よく座っていた。


「おはようケンくん。久しぶりね」

「おはようハルカ。ちょっと前に会ったばかりだけど」

「ほとんど毎日会っていた頃に比べるとね」


 憂いを帯びた顔のハルカ。それ小学生の頃じゃん。


 いつものやり取りを手早く済ませ、俺の影で縮こまっている梅子をハルカに紹介する。


「よろしくお願いします! 福原 梅子です」

「よろしくね、梅子ちゃん。……敬語はやめていいわよ。私もあなたもケンくんに照らされる月……そこに上下は無いわ」

「は、はいッス! 月……?」


 ファーストコンタクトは上手くいったようだ。

 ……梅子がなんだか困惑しているが。


「け、ケンくんケンくん」


 少し焦った様子で俺に耳打ちする梅子。


「月ってなんスかね……?」


 ハルカの言う『月』。自分で言うのは少し恥ずかしいが……俺の輝きに影響されて輝く人の事を言う。


 梅子はもう忘れているようだが、美咲が『あなたも月よ』って言った時に、遥に釣られて『月になるッス』と言ってた。


「そんなこと言った気がするッス」


 疑問が解けた梅子はスッキリした様子。緊張も解けたようだ。


 本日のプログラムは……


 まず雑談をしながらお食事。

 次に質問タイム。

 最後にサインを書いてバイバイ。


 こういった風になっている。


 食事は懐石料理。


 ハルカは防蟲官ではないが、俺と一緒に小さい頃から鍛えていたので適応深度が高い。

 防蟲官の俺と梅子は言わずもがな。


 つまりはたくさん食べる。ので一人三人前くらいをだして貰う。


 なんかコース料理みたいに順番に料理が出てきた。よくわかんなかったが、本来はお酒も出てくるようだ。


 ここでは『美味しいねー』とか防蟲官の訓練とか当たり障りのない話をした。


 そして梅子の本命(恐らく)、遥にインタビューのお時間だ。


「まずは何故シンガーソングライターになろうと思ったのか教えて欲しいッス」

「そうね……始まりは激化するケンくんプレゼント競争にケンくんストップが掛かったこと」

「ケンくんプレゼント競争……?」


 俺へのプレゼントの値段が上がりまくった事件のことだ。


「ケンくんの『金額でしか愛の大きさを表現出来ないのか』という言葉にハッとさせられた私たちは、それぞれお金の掛からないプレゼントを模索したわ」


 あれで収まって良かった。このままだと何を送られるのか気が気じゃなかった。


「私は詩を送ったわ。最初はそれだけ。以降は伴奏もあった方がいいと思って、ウクレレを弾いて見たり……そうやっている内にケンくん凄さを称える歌を作り、日本中に広めたいと思った、これが理由ね」

「なるほどッス」


 ちなみにこの話は雑誌のインタビューなんかで語っていることと同じである。もちろん『ケンくん』とかはぼかしていたが。


 梅子もそういうインタビューを見たことはあるだろうが、今回でより解像度の高い情報を得られたんじゃなかろうか。



 ■■■



 インタビューは終わり、梅子はホクホク顔。


 鞄から色紙を取り出し「お願いしまッス!」と差し出す。


 サラサラと慣れた様子でサインを書くハルカ。


「あ、ありがとうございます!」


 梅子は感激した様子。よかったね。


「それと……その……ケンくんもサイン書いてくれないッスかね!?」


 俺のサイン?

 まあ俺のサインは全人類が欲して然るべきではあるが……。


「ケンくんっていうか……陽太郎さんのサインが欲しいッス!」


 陽太郎。俺は最初の数曲だけ遥の曲の作曲をしていた。その時のペンネームが陽太郎。


 遥ファンの梅子にはまたとないチャンスか。快諾した。


「ありがとうございまッス!」


 陽太郎のサインは初めて書く。レア物だぞ。


「ケンくん。私にもサインちょうだい」


 ハルカの要求。何回も書いてやってるだろ。


「陽太郎のは無いわ」


 そりゃさっき初めて書いたんだし。

 ササッと書いてあげる。


「今日は貴重なお時間をいただき本当にありがとうございましたッス」

「いいわよ。私も楽しかったから」


 二人は連絡先を交換したりしちゃってすっかり仲良しだ。


「お互い、ケンくんに照らされる月として頑張りましょう」

「はいッス!」


 そうして解散した。




 ■■■




 帰りの車中。並んで座っている。



「実はウチ、遥さんの歌を聞いて高校デビューしようと思ったんッスよ」


 ポツリと梅子が話し出す。


「ウチ結構古参のファンで、一曲目の時から知ってるんスよ。あれの歌詞に『太陽に手を伸ばし続ける限り、月はいくらでも姿を変えられる』ってあるじゃないスか」


 当然知っている。その頃は俺が作曲をしていた。


「それを聞いて変わろうと思ったんス。実はウチ中学生の頃 結構暗くて、そんで友達とか全然居なくて……虐められていたとかそういうんじゃないんスけど、遠巻きにされていた感じで」


 高校デビューした後の、変わった後の姿しか知らない俺からすると意外ではある。


「漫画とかアニメで見た明るい子みたいな口調にして、同じ中学の子が来ない第四高校に行って……あ、あと防蟲官同士の関係に憧れたのもあるッスね。『小隊は家族』とか」


『〜ッス』口調。個人的には明るくて物怖じしない後輩キャラが使っているイメージがある。梅子も同じように思ったんだろう。


「その甲斐あってか第四高校では普通に友達もできて……まあ、人数少ないので同期女子みんな友達って感じだったんスけど。結局浅い付き合いでしか無かったのか、ウチが埼玉基地に配属されてから連絡取れないんスよね」


 埼玉基地配属は結構なエリートコースだ。妬まれてしまったんだろうか。


「でも埼玉基地では理亜ちゃんや美咲ちゃんたちと仲良くなれたッス。これケンくんのおかげッスよ。ほんとに感謝してるッス」


 こちらに笑顔を見せる梅子。


 自分の頑張りだと思うが……どこら辺が俺の功績?


「だってケンくんが居なければ遥は居ないッスよね。遥が居なければ高校デビューしようなんて思わなかったッス。高校デビューしようと思わなければ第四高校に行かないッス」


 そうかもしれないが……やっぱり梅子の勇気在りきだと思う。


「へへっあざッス。……ケンくんが隊長で、美咲ちゃんたちと一緒に隊員になれる小隊、楽しみにしてまスからね?」


 ほとんど目処も立っていないが「頑張るよ」と返した。


 最後に少しだけ気になっていたこと。


「その髪型は昔から?」


 俺の予想だと高校デビュー前からと髪型を変えていないから口調とのギャップを感じるのかなと。


「これも高校デビューッスね。ウチのマ……母が友達すごいいっぱいいる人でして、それにあやかろうと同じ髪型にしてるんス……似合わないッスか?」


 不安そうな表情をする梅子。


 散々ギャップがどうとか言っておいてアレだが、梅子の話を聞いた今では──


「似合ってるよ」


 友達を作ろうとして口調も髪型も変える頑張り屋なところを知った今では。


 その時の梅子の笑顔。ひまわりのようなそれを見て、いい小隊にしようと強く決心した。




 ■■■



 それにしてもなんか俺の小隊ぼっちが多くないか?

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