第三十一話 『人格破綻者』

 理亜は俺に何やら話があるようだ。


 会議室に入る。


 それぞれ飲み物を用意し、向かい合って座った。


「私は賢太郎に感謝している」


 感謝? なにかしたっけ。


 全人類が俺に『生まれてきてくれてありがとう……!』って思っているのは知ってる。が、わざわざ言うことではないだろう。


「賢太郎、というか『人格破綻者』に」


 ──ああ、なるほど。


『人格破綻者』とは俺のことだ。いや、俺の人格は全く破綻していないけど。


 少し前。俺が大井一曹に施設案内をしてもらっていた時。その時に、美咲が後ろで話していた『都市伝説になったケンくんの行動』。

 その都市伝説の名前、タイトル? が『人格破綻者』だ。


 俺がいじめっ子に向かって『そういうのはいけないと思います!』って言ってまわり、言われたいじめっ子が人が変わったように優しくなることを元にした都市伝説。


 それは大体こんな話。


 ■■■



 あるところに善良で極めて正義感の強い少年が居ました。

 いじめや差別を見ると積極的に辞めさせにまわります。

 暴力などは振るわないものの、あまりにしつこいので、いじめっ子たちは『関わるのも面倒だ』といじめを辞めます。


 そうして色んな町を走って渡り、その度にいじめを辞めさせてきた彼はこう思います。

「あまりにもいじめが多い。何とかならないだろうか」

「なぜそんなことをするのだろう。僕なら絶対にしないのに。」

「ああ、そうだ」


 少年は自身の心をいじめっ子に分け与えることにしました。

 少年の善良な心を受け取ったいじめっ子は自身の所業を悔やみ、いじめていた相手に涙を流しながら謝罪します。


 少年はいじめっ子たちがいじめを辞めたのは『少年が面倒だから』であって『反省したから』でないのが気になっていました。


 しかしこの方法ならいじめっ子たちは心から反省します。


 嬉しくなって、少年はいじめっ子を見る度自身の心を分けてあげます。

 少年はいじめっ子が自分の心を受け取って改心する姿が大好きになりました。


「ああ、でももういじめっ子がいなくなってしまった。もっと見たいのに」

「いじめをしていない人に心を分けることは出来ない」

「そうだ」


 少年はいじめが起こりやすい環境を作ることにしました。

「これならまだまだ僕の心を配れるぞ」


 少年の善良な心はもう無くなっていました。人に与えすぎたのです。『人格破綻者』になってしまいました。

 あるのは善良そうな心。与えられた人は改心したように見えるだけ。


 いじめっ子は破綻した心を与えられて、見た目は善良な『人格破綻者』になってしまいます。


 いじめっ子は気をつけてください。そのいじめは『人格破綻者』が用意したもの。

 彼は今もいじめっ子を探しています。



 ■■■



 きゃーー!


 というお話。


 要約すると『いじめはやめた方がいい』ってこと。


 で、この都市伝説に感謝してるってことは……


「私は小学生の頃いじめられていた」


 物を隠されたり、陰口を叩かれたりしたらしい。


「私が無愛想だから。お高くとまってる、調子に乗っている、と」


 当時から運動も勉強もできた理亜。

 俺は崇拝されたが、理亜は嫌悪されてしまったらしい。


「でも、あの都市伝説が広まってからはパタリと無くなった」


「ありがとう」と俺に向かって頭を下げる理亜。


 ──俺に感謝されても……。


 俺が何かした訳じゃない。いつの間にかできた都市伝説がいつの間にか東都中に広まっていただけ。


「賢太郎の行動があって、あの都市伝説が生まれた。あなたのおかげ」


 受け取りづらい感謝ではあるが、理亜の本心みたいだ。素直に貰っておこう。


「だから大好き」


 !?!?


 唐突な告白に脳が一瞬動きを止める。

 恥ずかしがるように視線を逸らしながらの言葉に混乱を隠せない。


 しかしすぐに……


 ──ああ、あの時のことか。

 と、思い出す。


 これも俺が施設案内を受けている時の会話。


 美咲が『全人類ケンくんが大好き』と言ったのに対し、理亜が(流華もだが)『私も大好き』と返したやつだ。


 俺は案外ノリがいいなー、とか考えていたが、理亜は都市伝説を生むきっかけになった俺に好感を持っていたからだったと。


 確かに今日話して、あんな冗談を言うようなタイプには思えなかった。納得。




 ■■■



 次の日から姫隊長たちが帰って来るまで理亜と一緒に自主トレーニングをした。


 ジムを利用した筋力トレーニングはもちろん、対蟲戦闘シミュレータを使った二人での連携訓練など。


 実にすんなりと連携できた。

 やはり息が合う。


 この一週間で、俺と理亜はとても仲良くなったと思う。


 これなら来週からも楽しく訓練が出来るだろう。



 ■■■



 姫隊長たちが帰ってきた。


 今日から理亜と一緒に訓練を受けることになる。合流だ。


 それはつまり、会ったこと無い一三ヒトサン小隊の人たちに会うということ。


 ……彼女たちについて多くは語らない。いつか話すこともあるだろうけど。


 ただ一つ。姫隊長や、愛夢一曹はちょっと話し方が変わっているだけで、常識人だったんだなぁって思いました。


 変人ってああいう人たちのことを言うんだろうな……。

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