第二十八話 姫ちゃんが猫ちゃんみたいです!

 姫隊長たちみんなのギフトを見せて貰った。

 次は俺の番との事だが……対人強化は恥ずかしいので伏せるか。実用段階じゃないしね。


「俺のギフトは一般ギフトの【身体能力強化】が変異したものです。主な使い方は【身体能力強化】をした上で部位ごとに強化を重ねる【追加強化】。

 蟲具などの琥珀素が籠った物を強化する【武器強化】の二つです」

「昨日、しっぽ取りの時に移動速度が急に上がったのは【追加強化】を使ったからですね!」


 そうです。


「……ん? もう一個あるじゃろ?」

「……いや、これで使えるのは全てです」

「ああ、確かまだ使いこなせてないんじゃったか。人のギフトを強化するやつのことじゃ」


 完全に把握されている。

 とぼけるのもおかしいか。


「【身体能力強化】と【追加強化】は茜としっぽ取りをしとった時に見たの。【武器強化】も何となく想像がつくし……対人強化を見せて貰おうかの」


 ……この対人強化という呼び方は微妙だ。後でいい感じのを考えよう。


 それは置いといて、実際に対人強化をやるのは恥ずかしい。


「発動させるのに結構時間がかかりますが」

「聞いておる。十分じゃったか?」

「……発動する際、相手の体に触れる必要もあります」

「全部聞いておる。問題ない」


 何とかやらずにすまないかとやってみるが、無理そうだ。


 姫隊長は茜と愛夢一曹をチラリと見て、制帽を取りこちらに頭を差し出す。


 ……姫隊長と言えば小柄で子供に間違われるような体型をしていて、それが少しコンプレックスになっている人だ。

 だから子供扱いをされるのは苦手。


 それなのに自ら頭撫でられる役になるとは……。その覚悟に敬意を表す!


 俺も恥ずかしがっている場合じゃないな。


「……いきますよ」

「……うむ!」


 茜と愛夢一曹は何が起こるのかとワクワクした様子でこちらを見つめている。


 行くぜっ!


「ん」


 まずは頭に手を乗せた。

 姫隊長はそういったことを嫌うと知っている茜たちは突然の暴挙に驚きを示す。


 これだけで終わらない。

 まだ『先』がある。


「よーしよしよし……いい子だね。頑張れー頑張れーいい子だ。偉いぞー……いいねーいいよー。良い」

「うう……」


 あまりの恥ずかしさに真っ赤な顔を俯かせる姫隊長。がんばれー。


 茜たちは俺のさらなる暴挙を見て、背景に雷が走ってそうな表情をしていた。

 とてもびっくりしている。


 それでも声を出さないのは俺が集中を乱さないようにだろうか。

 これがギフトの発動に必要なことだと理解してくれている。


 あと十分くらい掛かるからね!

 楽な姿勢になるといい。




 ■■■



 大体三分ほど経ったか。

 姫隊長は足腰が立たなくなったようで少しずつしゃがんでいっている。

 それを補助し、一緒に座る。


 姫隊長は所謂アヒル座り。俺は片膝をついてしゃがんでいる。


「頑張れー頑張れー良い子。いい子だねぇ偉いねぇ……よーしゃしゃしゃしゃ」

「ぅぅ……」


 Q.そもそもこのなでなでは果たして必須なのか。


 A.恐らく必要である。


 先日の防蟲研究所 主任研究員である久遠さんとの検査の時いろいろと検証をした。


 頭に手を乗せ、『がんばれー』って言っても発動せず。


 撫でるだけで『がんばれー』って言わなかったら発動せず。


 頭に手を乗せるだけでも当然発動せず。


 結論。対人強化には相手の頭を撫で応援することが必要だと。

 そのうち慣れればそういうのはいらなくなってくるかもしれないが、今のところは発動に必須となっている。


 久遠さんの見解によると、他人の制御下にある琥珀素に干渉するため、俺の琥珀素と相手の琥珀素の間で『擦り合わせ』のプロセスが必要なんじゃないかと。


 ちなみに愛夢一曹の【悪辣なる黒炎イヴィル・フレイム】もある意味相手の琥珀素に干渉してはいるが、あれは無理やり奪っていく感じなのでちょっと違う。



 ■■■



 もうすぐで十分経つ。


 姫隊長は座っていることもキツいのか、俺の足の上で横になっている。


 俺はあぐらを広げた感じというか、脚をひし形にして座っている。

 そのひし形の中に姫隊長はおしりを入れ、俺の右膝を敷布団にし、俺に左膝の上で両脚を曲げて立てている。


 ウトウトしているようで、首がぐらつくので右腕で支えながら同時に撫でるといった形になっていた。


 茜たちも床に座り、微睡む姫隊長を眺めている。

 時折目線で何事か会話しているようだったが、声を出すことは無い。


「よーしよし。ねーんねーんころーりよー……しよしいいこいいこいいこ」


 お。


「はっ! 発動しとる!」


 姫隊長は飛び起きた。


「確か五分じゃったよな!」


 俺のギフトの効果時間のことだろうか。その通り。


 慌てた様子でコンソールに向かい、蟲を出す。


 出てきたのはC級蟲 オオカマキリ。それも五体。


 姫隊長は素早く【念動力】を出すと五体全てのカマキリの頭部を包み、へし折った。


「おお!」


 姫隊長の動きを座ったまま目で追っていた茜が、思わずと言った風に声を出す。


 確か首を折れるのはD級蟲までだと言っていたな。ギフトを強化すればC級蟲の首もへし折れると。


 姫隊長は満足気に頷くと再びコンソールに向かった。


 そして出てきたのは──


 B級蟲 ヤマトカブトムシ


 ──でっか……。


 頭部から生えた長い角と胸部から生えた短い角。上下一対の角が特徴的で、その威容から昆虫の王様とまで呼ばれていたらしい。

 前時代では熱心な愛好者もいたとされる。


 体高およそ四メートルほど。

 オオカマキリが五メートルなのでそれよりは小さいが、オオカマキリは上体を上げた状態の高さであるのに対し、カブトムシは六足を地面につけている。


 体積で言うと圧倒的にカブトムシの方が大きいだろう。


 姫隊長はこれを的モードで出した訳では無いらしい。

 凄まじい勢いでこちらに向かってくるカブトムシ。遠近感が狂う光景だ。


 この部屋は広いは広いが、B級蟲が走って来たらすぐに距離が詰まる。


 これもうぶつかるんじゃないか、という距離で姫隊長は【念動力】を使う。


「よいしょ!」


 正面からカブトムシの突進を抑えると、掛け声をあげ横に倒した。


 あの巨体がひっくり返るのは、なんだが非現実的というか、すんなりと飲み込めない。


 翅を広げ起き上がろうとするカブトムシを【念動力】で完全に抑え込み……


「愛! 茜!」


 隊員に鋭く指示を出す。

 指示を受けた二人はこれまた鋭く従い、それぞれが望まれている行動をする。


 カブトムシの全身を姫隊長の【念動力】が包んでいるが、頭部と胸部には隙間が作られている。

 愛夢一曹はそこに目掛けて【悪辣なる黒炎イヴィル・フレイム】を放った。


 茜は黒炎が燃え広がり、瞬時に琥珀素を奪って消えたのを確認した後、専用武器から刃を伸ばし、カブトムシの頭部と胸部の隙間を滅多刺しにする。


 カブトムシは粒子になって消えた。


「見たか賢太郎! お主のギフトはすごいのぅ! こんなに早くB級蟲を倒せるとは!」


 興奮している姫隊長。


 ……三人の連携も凄かった。

 まさか微睡む姫隊長を眺めていた二人が、一言指示を受けただけであんなすぐに動くとは。


 茜たちもすごいが、その二人から強い信頼を受けている姫隊長をこそ俺は見習うべきだろう。


 茜たちにギフトの威力について聞かれている姫隊長を見て、俺は目指すべき隊長像が見えてきた気がする。

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