第二十五話 ツバメ

「ほんっとに不気味じゃったんじゃからな!」


 楽しかった追いかけっこを終え、昼食を摂りに移動している最中。


 姫隊長は追いかけっこ中の俺たちにどれだけ恐怖したかをぷりぷり怒りながら語る。


「妾はなんか泣きそうじゃったし!

 愛もオロオロするだけじゃし!」


 狼狽える愛夢一曹の姿にはちょっと興味がある。


 好奇心の帯びた視線を愛夢一曹に送る。


「我はオロオロなんかしていなかった。腕組んで不敵に笑ってた」


 すると見え透いた嘘でイメージを保とうとしていた。


「四人中三人が謎の笑いを浮かべてたら、妾はもう逃げとるわ。サバトじゃろそんなん」

「我はサバト大歓迎だが?」

「妾は嫌じゃ!」


 食堂に到着し、椅子に座っても姫隊長の文句は止まらなかった。


「もしお主らが正気に戻らなかったらどうしようかと悩んだんじゃぞ」

「いや、私達ずっと正気でしたよ?」

「声掛けても返事せんかったじゃろ。そもそもあんな狂気的な顔しておいて何を言うんじゃ」

「朗らかな笑顔でしたよ!」


 姫隊長の声に気づかなかった件は言い訳のしようも無い。


 尚も呆れた風に続ける。


「朗らかの真反対じゃろあれは。サイコホラー向きじゃった」

「いい笑顔でしたよ! ね、ケンくん」

「……はい」

「ほらぁ!」

「返事の前の間に気づかんか」


 いい笑顔ではあった。獰猛でもあった。


「そもそも茜はなんで笑っとったんじゃ? あんなみたことない顔で」

「楽しかったからです!」

「……話にならんの。賢太郎は何故じゃ?」

「茜に釣られまして」

「我は……」

「お主はオロオロしとっただけじゃろ」


 愛夢一曹はどうしても笑っていたことにしたいらしい。オロオロがキャラに合わないと考えているんだろう。


 …………




「いや、それにしても猫靴履いて一日で茜のしっぽ取れたのはすごいの」


 食事を終え、少しずつ落ち着いてきた姫隊長にお褒めいただく。恐縮です。


「次こそは私が勝ちますよ!」


 次こそは俺が勝つ。


「ほう。禁忌の宴 再演か。我も見学しよう」

「……まあ休みの日とかにやる分は構わないがの」

「何を他人事みたいに言っているのだ? 姫が来ないと始まらないだろう?」

「妾? ……なんじゃ妾がいないと心細いのかの? 可愛いところもあるのぅ。まあもう二人がイカれた訳では無いと知っておるし、見学くらいは……」

「サバトには生贄がいるからな」

「……妾は生贄として呼ばれるのかの……?」




 ■■■




「猫靴の習得に短くとも三日は掛かる想定じゃったが、一日の、それも午前中で終わってしもうた。じゃから予定を前倒しにする」


 猫靴の扱いはあれで合格点みたいだ。


「というわけでここが急行棟です! 案内されましたよね?」


 急行棟。管轄内にて蟲害が起こった際、防蟲官が現場に急行するための装備がある棟だ。


 大井一曹に案内して貰った時は中に入らなかったが、今度は入っていいみたいだ。


「着いてきてください!」


 茜はそう言うとレールを作り、外側から建物上階へ向かう。スピードはそんなに出していない。


 慌てて並び問いかける。


「玄関から入るんじゃ?」

「あれはメンテナンススタッフさんたち用の入口です! 私たち防蟲官の入口はここです!」


 茜が言い切ると同時に到着。確かに入口だ。こんなところにあるのは変な感じがするな。猫靴装備前提。


 中に入るとハンググライダーの両サイドにジェットエンジンをつけたような機械がある。


「これこそが我ら防蟲官専用 急行装備、通称『ツバメ』だ!」


 防蟲官は管轄内で蟲害が起こった際これに乗って現場に急行する。


 このふざけた機械、なんと最大時速百八十キロメートルもでる。分速なら三キロメートルだ。


 ハンググライダー風の見た目をしたこれは見ての通り搭乗者が剥き出しだ。

 正確には琥珀素由来の防風シールドを張ってくれるし、酸素も送ってくれるんだが、かかるGについてはなんの対策もない。

 故に防蟲官専用。鍛え上げ基礎から一般人と一線を画す肉体を持つ者にしか扱えない。


「さて、これからこれに乗る訓練をしてもらう」


 まさか実際に乗れってことでは無いだろうが……。


「うむ。ここへはツバメがどんな見た目をしているか直に見せたかっただけだ。訓練は第二訓練棟で行う」


 第二訓練棟。シミュレータがあるところだな。


 …………


 移動完了。第二訓練棟に到着。


「ここにツバメシミュレータがあるんじゃ」


 対蟲戦闘シミュレータがある部屋とは別の小部屋。


 透明な繭状のカバーの中にツバメの搭乗部が再現されている。


「さて賢太郎。お主はもうツバメ関連のマニュアルは読んでおるな?」


 防蟲官用個人端末の中には各種マニュアルが入っている。当然全てに目を通しているが……


「何故俺がマニュアルを読んでいると?」


 姫隊長は確信を持った聞き方をしていた。普通は入隊してそんなに時間も経っていないのに、マニュアルを読み終わっている人なんていないと思う。


「副司令に聞いたのじゃ」


 それなら納得。成宮副司令としたメールのやり取りで話したことだ。


「早速やってみよ」


 とのことなんで透明なカバーの中に入る。


 最初は立った状態で、持ち手──ハンググライダーでいうベースバー──が胸ほどの高さ。この時翼は背中側にある。


 ベルトに翼から伸びるフックをかけ、持ち手を押しカタパルトに移動。もちろんシミュレータ上でだ。

 部屋はホログラムによってさっきの急行棟の風景を映している。


 ツバメをカタパルトに接続。

 この後はほとんどAIがやってくれるが、俺のは隊長機なので目的地を指定する。他の機体は隊長機に着いていくようになっている。


 発進準備完了。発進操作を行う。

 猫靴のレールと似た技術を使用したカタパルトがツバメを勢いよく押し出す。


 俺は持ち手を強く握り、足が地面から離れると力を抜いて、空中でうつ伏せの様な体勢になる。


 体にかかるGの再現も行われているが、俺が【身体能力強化】を使って移動する時の方が強い。特に辛く感じなかった。


 後は着地だけ。目的地付近の駐車場とか開けた場所に降りる。


 ツバメは小回りが効かないため、現場に着いたら猫靴で空中を飛び回り防蟲任務にあたる。


 ちなみにツバメはこの後車で回収される。地面からは飛べないのだ。


「……一発クリアじゃの」


 以降条件を変え何回かやるも、全て成功。ツバメの操作も習得判定をいただいた。


 結局時間が余ったので体育館に戻り、しっぽ取りバトルロイヤルして遊んだ。楽しかったです。




 ■■■



『猫靴で出すレールや板について』

 目で見ることはできない。が、【気配探知】でどのようにレールが敷かれたかがわかる。


 防蟲官は基本【気配探知】を持っているし、一部の蟲──主にA級蟲やB級蟲──はレールに気づくことがあるため、長いレールは作らず小刻みにして使う。

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