第二十四話 最高に楽しい追いかけっこ
「私の勝ちです!」
茜二曹には勝てなかったよ……。
結構いいところまではいった気がするが、やはり年季が違う。
……よく思い返してみると、俺がこういった追いかけっこで負けるのは初めてかもしれない。
時折わざと捕まることはあれど、全力を出して負けたことはない。
──これはなかなか悔しいぞ……。いつか必ず勝ってやる。
内心で勝手にリベンジの約束を取り付けると茜二曹が口を開く。
「最後にギフトありでやりましょうか!」
……どうやらリベンジはすぐに叶いそうだ。
ちなみに、ギフト無しと言えばスキルも無しだ。
ただ常時発動させている【五感強化】や【気配探知】は使っても良い。【身体能力強化】とかがダメってことだな。
そしてギフト有りって言うなら、スキルもありだ。
「私のギフト知ってますか?」
もちろん知っている。動画で見た。
「小隊長や愛ちゃんのとは少し違ってて……何かを生み出して、それで攻撃するんじゃなくて私自身を強化する感じって言うか……」
要は自己バフ系のギフトだということ。
「……見て貰った方が速いですね! いきますよー……バーニング!」
元気な掛け声の一瞬後、茜二曹の手と前腕部、足と下腿部が渦巻く炎に包まれた。
「これが私のギフト【ジェット】!! この炎が私の動きをサポートしてくれて、より速く! より力強く! 動けます」
自己バフ系のレアギフト。これが一般ギフトの【身体能力強化】と違う点は、そのまま殴って蟲に有効なところである。
【ジェット】は炎に包まれているだけあって魔法攻撃判定なのだ。
「ちなみに、この炎は熱くないので触れても大丈夫ですよ!」
普通の炎みたいに熱くもできるらしいが。
どちらにせよ見ているだけで暑苦しい。
「早速始めましょうか! 負けませんよ!」
……ギフト有りでは負ける気はしない。俺が勝つ。
「いーち……」
「あ、数えなくていいですよ。ちょっと離れるので、そしたら好きなタイミングで始めてください」
……まあ『さーん』の辺りでみんな離れ終わってカウント待ちになってたけども。出鼻をくじかれた。
「いつでもいいですよ!」
少し離れたところの空中に立つ茜二曹。
では遠慮なく行くとしよう。
レールを真っ直ぐ茜二曹に向けて伸ばす。
これを見て茜二曹は正面から突っ込まれるのを警戒するだろう。
だから途中でレールを消し、板を踏みしめ茜二曹の頭上から背後に回る。
姫隊長にやったのと同じ感じだが、速さが違う。レールを使ったのと、細かく板を作り、強化された身体能力で強引に向きを変えたのとでは。
「あははっ! バレバレですよ!」
バレてたらしい。
茜二曹は俺に背を向けぴょんぴょんと跳ねるように距離をとる。俺はすぐさま追いかけた。
姫隊長は身体能力の差から、純粋な追いかけっこになるのを避けていた。だが茜二曹は自信があるのだろう。さっきも追いかけっこをしてくれた。
その時は捕まえられなかったが、今度は違う。
「おおっ! 速いですね!」
板を駆け追いかける。レールだとちょっと遅い。自分の脚力で加速したい。筋肉の矜恃。
上下左右を贅沢に使い、無尽に避け回る茜二曹。
ただそのままだと……
「おおっとぉ!」
──取り損ねたか。
少しずつ誘導して隙を作ったが失敗してしまった。あまり悠長にはしてられない。次で決めるか。
また誘導し、隙を作った。しかしこれでも避けられてしまうのは実証済み。ならより速く。より力強く。
両脚を【追加強化】。それとしっぽを取る右腕も【追加強化】。
さらに猫靴を強化。
頑張ってくれ猫靴! 一緒に茜二曹に勝とう!
イイゼ!!
ありがとう!
そのまま板を作れば壊してしまう気がしたのだ。
猫靴を強化し、作れる板を強化。
強化された板を強化された脚力で踏みつける。
体育館を揺らすような轟音が鳴った。
一歩、二歩と高速で進みしっぽに手が届く寸前……少しだけ振り向いた茜二曹は、引き裂けそうな程口角を上げていた。
──やばいか!?
その表情を見て咄嗟に危機感を抱く。
「あっははははは!!」
哄笑する茜二曹の肘から真っ直ぐ炎が伸びる。足裏から炎が吹き出す。
さっきまで袖カバーと脛カバーだった炎が尖って、攻撃的な印象を与える形になった。
凄まじい速さで走り出し、しっぽを狙う俺の手を避けた茜二曹。
慌てて追う。第二形態か? 速さが段違いだ。
「ははははあはは!」
尚も笑いが止まらない様子の茜二曹。
「ははははは!」
呼吸が乱れそうなもんだが。
「あはははは!」
上下左右、轟音を鳴らし駆ける。
「はっははっははは!!」
「ふっ」
ひたすらに追いかける。
「はははははは!」
「ははっ」
視界が狭まり体の感覚が薄れ、反対に五感は冴え渡る。
「ははははははは!!」
「あっはははは!」
リソースが一つに集中している。
「あっはあははっ! ケンくんも笑ってる! 楽しいですよね!」
「あはははははは!」
──楽しい! 今までこんな純粋に全力を出して、勝てるか勝てないかなんていう戦いは経験したことがない!
俺の筋肉が軋みをあげる。
まだいけるよなぁ! 俺の筋肉だもんなぁ! イケルヨ!! よし!
この楽しい追いかけっこもいつかは終わる。終わるなら俺の勝利であるべきだろう。
脚以外にも【追加強化】を使う。脚はさらに細かく。ハムストリングス大腿四頭筋下腿三頭筋前脛骨筋後脛骨筋それぞれに【追加強化】!
踏み込みで体育館が揺れる。
──取ったぁ!!
間違いなく俺の手には茜二曹のしっぽ、ハチマキが握られている。
「はは……あー負けちゃいました……」
笑顔のままだが悔しそうにする茜二曹。対して俺は汲み上げてくる勝利の喜びにガッツポーズを思わずしてしまう程。
「……いや、茜の勝ちじゃぞ」
「「え?」」
思わず声を揃えた。なんか反則でもしてしまってたんだろうか。
「茜は
あー……途中で時間とかどうでもよくなってたな。失態。
俺の負けか。消耗もあって座り込んでしまう。
こんなに勝ちたいと思ったのは久しぶりだったんだが。
「……いえ、私の負けです」
何故?
「全力を出して、しっぽを取られたんですから」
「いや、茜二曹の勝利条件は
「納得いきません」
そのようなことを仰られましても……。
「じゃあ引き分けで!」
普通に俺の負けだと思うが。
「またやって決着をつけましょう!」
それなら歓迎だ!
「約束ですよ」
そう言って茜二曹は、追いかけっこの時とはまた違う輝く笑みを浮かべた。
座り込んでいる俺に燃え盛る手を差し伸べる。
……それは消火しておいて欲しかったな。
内心ビビりながらも平静を装い手を掴む。すると引っ張りあげられ握手の体勢。
「笑い合った仲です。良ければ敬語は無しにしましょう。階級も付けずに呼んでください」
俺としても友情を感じていたところだ。断る理由は無い。
「良かったです! 改めてよろしくお願いしますね!」
……茜は敬語を止める様子が無い。
「私はこれが素なので……常に敬語です!」
それはなんかズルくない?
■■■
『追加強化』
通常は脚や腕など大雑把に強化対象を選択するが、筋肉単位でも選択はできる。
その場合、例えば同じ脚の強化でも強化対象が増えるので消耗は大きくなる。
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