第二十三話 しっぽ取り

「まあバトルと言っても、鬼ごっこみたいなものじゃが」


 そんなところだろうと思ってたわ。

 そもそも防蟲官はほとんど対人戦闘訓練を行わない。防蟲官が戦うのは蟲だけだからだ。


 そんな中急に『殴り合おうぜ』なんて言われたらそれはもうただの鬱憤晴らしだろう。そういうんじゃなくて良かった。


「まずは……そうじゃの。妾からいこうかの」


 そう言って姫隊長はハチマキのような物を、体の後ろ側、腰部分のベルトとスカートの間に挟み込む。

 移動したぐらいじゃ落ちなさそうだが、引っ張れば取れそうな感じ。


「妾が逃げるからの。このしっぽを取れたらお主の勝ちじゃ。妾が十分じゅっぷん逃げ切ったら妾の勝ち」


 要はしっぽ取りだ。


「……ギフトは無しにしようかの」


 ギフト無しでも俺は身体能力に自信がある。

 そして姫隊長のギフトは強力だ。

 つまりは俺に対するハンデだろう。


「十秒数えてからじゃぞ」


 小学生の頃を思い出すな。


「いーち、にーい、さーん」


 姫隊長はレールを作りスルスルと俺から離れ、およそ七メートル程の高さで静止。こちらを見ている。


「よーん、ごーお、ろーく」


 愛夢一曹と茜二曹は壁際まで避難。


「なーな、はーち、きゅーう……」


 ハンデまでつけられては負ける訳にはいかない。

 ケンくんの名にかけて勝利しよう。


「じゅう!」


 姫隊長に向けて斜め上に進むレールを作り出し、勢いよく射出。その勢いのまま板を右足側に作り、強く踏み加速。


「おっと」


 まっすぐ突っ込んで来た俺を姫隊長は余裕を持って避ける。

 弧を描くようにレールを作り、避ける時も俺に背中を見せないようにしている。


 まあ姫隊長は大分小柄なので、ほぼ正面からでもしっぽに手が届きそうだが。


 その後しばし突っ込んで避けられるのを繰り返す。


 ある程度パターンを覚えさせた。奇策を使うのは今だろう。


 姫隊長と空中で向かい合っている状況。距離はおよそ二メートルほど。


 ここで前に出る振りをする。そして靴裏から出て踵のところで直角に曲がり、地面と垂直になるレールを出す。


 ちょうど茜二曹がバレーボールを引っ掛けにいった時と体の向きが逆になる。茜二曹は上を見ていたが俺は下を見ながら上がっていく。


 レールを途中で消し、宙を蹴って姫隊長のしっぽに向かって頭上から飛び込んだ。


 驚いた様子を見せるも、姫隊長は体を翻し、またしっぽを隠す。

 俺はそのまま落ち、途中でレールを作り今度は姫隊長の足元からしっぽ目掛けて突っ込む。


 姫隊長の上下で輪を描く。観覧車。姫隊長も俺がしっぽの方に行く度に体を翻す。


 すると最初に比べてしっぽが伸びてくる。ベルトに挟んでいたのがだんだん緩んできているということだ。


 そうなると姫隊長が俺の方を見ていてもしっぽの端はギリギリ正面に残る。


「とった!」


 それを掴み引っ張った。

 スルリと抜け、俺の手にはハチマキが。


 俺の勝利だ。


「ぐぬ……やるの賢太郎。ぐるぐるして目が回りそうじゃったわ」


 ちなみに適応深度の高い防蟲官は三半規管も強いので、こんなことで目が回ったりしない。冗談みたいなもんだろう。


「お疲れ様だ、賢太郎。猫靴履いて一日でこれは誇って良いぞ。絵面は最悪だったが」

「お疲れ様です! すごいですね!」


 愛夢一曹と茜二曹の労いを受ける。


 見た目幼女な姫隊長の周りをぐるぐる回っていた俺はさぞ不審者に見えたことだろう。

 姫隊長が体を翻すたび、しっぽを気にして後ろ手にお尻を抑えるのも不審者ポイントを高める要因だ。


「お次は我とだ」


 ハチマキを腰に着ける愛夢一曹。


「姫みたいにいくと思うなよ?」


 しっかりベルトに挟み、緩まないようにしている。


「よし! かかってこい!」

「いーち……」



 …………



 愛夢一曹に勝利した。


「……なんか適当に処理された気がする」


 そんなことは無いが、姫隊長のと比べると極めて順当な勝利だった。

 特筆するようなことは無い。

 ぐるぐる回ったりとかせずに普通に追い詰めて普通にしっぽを取った。


「最後は私です!」


 茜二曹。先の二人とは違い近接主体の防蟲官だ。


 防蟲官の戦闘スタイルは大きく二つに分けられる。


 前に出て蟲と戦う前衛。

 後ろからレアギフトで攻撃、支援をする後衛。


 その中間の中衛とかもいるにはいるが、大別するとこうなる。


 姫隊長と愛夢一曹は後衛だ。前衛に比べて身体能力は低い。


 俺はもちろん前衛。後衛に負ける訳にはいかない。


 対して茜二曹は前衛。俺よりも長く訓練を受け、実際に防蟲任務をこなしている茜二曹は明確に格上だ。


 ただこれはしっぽ取り。勝ち目はあるだろう。


 やってやるぜ!





 ■■■




『防蟲隊発足当初のとあるインタビュー』


[本日は新しく出来た防衛省 特別な機関 防蟲隊。その設立の中心人物であり、大蟲災の英雄と呼ばれるお二方をお呼びしています。●● ●●●一等防佐と■■ ■■防将補です。よろしくお願いします]

 ●●[よろしくお願いします!]

 ■■[よろしくお願いします]



 …………


[その防蟲隊について、いくつかの質問が届いています]

 ●●[答えます!]

[お願いします。最初の質問は『なぜ防蟲隊のエンブレムは猫なんですか』です]

 ●●[それは、可愛いからです!]

[ええと]

 ●●[猫は可愛いですよね?]

[はい]

 ●●[だからです!]

[なるほど……?]

 ■■[……すみません。少し緊張しているみたいで。防蟲隊のエンブレムが猫なのは、家に出た虫を倒してくれることにあやかってですね]

[そうなんですね]

 ●●[ごろにゃんぬ]

[はい?]

 ●●[猫です!]

[はあ]

 ■■[他にも防蟲隊という機関に親しみやすさを覚えて貰えればと我々で決めました]

[なるほど。そういった理由があったんですね]



 …………



[次は『陸上自衛隊では陸尉、陸佐。海上自衛隊では海尉、海佐。なぜ防蟲官は防尉、防佐なんでしょうか』これは私も気になっていました。蟲尉とかでも良かったんじゃないですか? 『防』の文字は防衛省とかでも使いますし]

 ●●[が嫌いだからです!]

[……■■さん?]

 ■■[はい。虫が嫌いだからです。名乗るのも嫌ってことです]

 ●●[怖気おぞけが走るわ!]

 ■■[『防蟲』はいいですが『蟲』は不快です]

[……覚醒者の皆さんは虫が嫌いという噂がありましたね]

 ■■[私の知る限りは皆そうですね]

 ●●[許しておけぬ!]

[はは……私も好きではありませんが、覚醒者の方は比べ物になりませんね。……それでは次の質問です]



 …………



「緊張した〜! 私変じゃなかった?」

大分だいぶ変でしたよ。インタビュアーさんがドン引きしていました」

「笑ってたよ?」

「あれは愛想笑いです。わかっているでしょうに」



 …………



「そもそも■■が怖がらせるからじゃん! 『これで世間の防蟲隊に対する認識が決まります』って!」

「確かにこれだけで全て決まるわけではないですが、一番最初ということもあって大きく影響するのは確かです」

「……じゃあ防蟲隊が変な組織かもって思われちゃうかな」

「……雑誌の編集力に期待しましょうか」

「……そうだね! 雑誌の発売いつ? なんか楽しみ!」




 結局このインタビューが掲載されることはなく、別の防蟲官のインタビューが載った。


 これは当事者のみの思い出。あるいは誰かの黒歴史。

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