第二十二話 褒め伸び

 さて自己紹介と茶番を済ませ本題に入る。


「まずは、これ。装備の用意ができたから着替えるのじゃ」


 そう姫隊長に渡されたのは三つの装備。防蟲官の基本装備でそれぞれに特殊な機能がある。


 一つ目は制帽。とても頑丈で、ヘルメット代わりになる。頭頂部だけでなく、シールドを発生させ顔や首辺りまで守れる。

 あともう一つ機能があるけど一旦割愛。

 今まで使っていた制帽はそういった機能の無いものだ。新しい方は結構重さを感じる。


 二つ目はベルト。映像記録機能があり、防蟲官が基地の外で任務を行う際は基本的に使う必要がある。


 三つ目は靴。これまで履いていた革靴と見た目は一緒。

 ただこれこそが防蟲官の最も特徴的な装備と言える。

 この靴の機能は空中を歩くことが出来るようになる、というもの。


 見上げるほど大きい蟲との戦いで、高さを支配できるというのは大きい。


 早速着替える。まあ着替えると言っても、今着ている制服の一部を入れ替えるかたちになるが。


「うむ。ちゃんと着替えられたようじゃな。今日はその靴、通称『猫靴ねこぐつ』を使いこなせるようになって貰うぞ!」

「名前可愛いですよね! にゃーん!」


 防蟲隊猫好きだから……。

 実は防蟲隊のエンブレムは猫のシルエットだったりする。


「猫靴は靴の裏、靴底から足場を出し、それに乗る形で我らは空中を駆けることが出来る」


 愛夢一曹が腕を組みながら猫靴の基本情報を教えてくれる。


「そして足場は二種類に分けられるのじゃ」


 言い終わると姫隊長は茜二曹の方を見る。


 視線を受けた茜二曹は大きな声で説明を引き継いだ。


「はい! 足場は板状のものとレール状のものがあります! それぞれそのまま『板』と『レール』と呼ばれます!」


 ……ところでなんで分けて説明するんだろうか。わざわざ話す順番とかも決めてあるみたいだし。


「まずは一番簡単なレールからやってみるべきじゃな。

 足を肩幅に開き、平行に。踵からつま先の方に向かって足の幅と同じ幅のレールを伸ばすイメージじゃ。終端もしっかりイメージしておいた方が良いの。大体一メートル進むのじゃ」


 姫隊長の言う通りにしてみる。レールの先は人のいない方に向けて。


 すると……


「うお」


 一瞬で移動した。一メートルほどで止まったが思わずつんのめってしまった。


「おお、速いの。速さも自分で調節出来るから次はゆっくりやってみるのじゃ」


 指示に従い、振り返り来た道をゆっくりと戻る。

 レールを作っただけで体が勝手に移動しだした。動く歩道。


「レール上では静止できないんじゃ。じゃからただ空中で立っていたいときは板の方を使う」


 これ楽しいわ。


「レールは曲げたり、片足だけ動かしたり真横に移動したりできますよ!」


 そう言ってつま先を正面に向けたまま横に動く茜二曹。そっち方向にもレールを作れるのか。


「慣れれば、足を動かすよりもレールを出す方が速くなる」


 そういったのは愛夢一曹。すると緊急回避なんかにも使えそうだ。


「見てくださいケンくん! バレリーナ!」


 左足を持ち右足をつま先立ちにしたY字バランス。持ち上げた左足から輪っか状のレールを出しクルクル回っている。バレリーナってそんなんだったっけ?


 足を高く上げているのと回っているのでスカートがとんでもない事になっている。まあ下はコンプレッションウェアだし、見た目は分厚いタイツ履いているのと変わりないが。

 でもなんか直視はできない。白鳥の湖。


「次は……ジェットコースター!」


 茜二曹は直径四メートル程のループを作り滑る。

 楽しそう。


「次は……ジャンプです!」


 そう言って斜め上に向かう坂状のレールを作る。

 すると射出されたように飛び、綺麗に着地した。


 俺がレールを作った時には終端で強制停止した。

 見たところ茜二曹は終端に届くまでにレールを消していた。どうやらそうすれば強制停止は無いみたいだ。


 となるとやってみたいのはアニメなんかで見るアレ。


「じゃあ俺は……カタパルトです!」


 中腰で構えレールを伸ばす。終端前で消すと予想通り強制停止は起こらず、俺は勢いのまま射出されちょっと浮く。中腰で。

 ……これは想定以上にダサくないか? なんかもっとかっこよくなる想定だったが。


 まあそもそもカタパルトってこんなところでやるもんでもない。


 ちょっと浮いたがすぐに地面に足がつく。このままだと転んでしまいそうなので、足の角度を変え水切りの要領で一回転する。


「おお。使いこなしておるの」


 そう言ってくれたのは姫隊長。


「そろそろ板の方もやってみるかの?」


 やりたい!


「そうか。とはいえ板はレールに比べてできることは少ない」


 靴底にそれと平行で面積も同じくらいの板を作り出すことだけらしい。

 靴底から最大三十センチ程の真下のみ。靴底と平行だからといって遠くに出せたりはしない。


「板の上に乗るにはちょっとコツがいる。板を出したらそこで固定することだ。板と靴の相対位置を維持したままだと、踏めないからな」


 愛夢一曹が実践しながら説明してくれる。

 板を作る時は足裏から大体何センチ、といったように考えて作る。

 その後空間に固定するようなイメージで板を固定する。これをやらずにいると、板が足裏から常に何センチか離れた状態になり、踏めない。


 愛夢一曹はまるで見えない階段を上るように空中に上り、見えない階段を降りるように降りた。


 見よう見真似でやってみた。


 うむ。楽しい。

 確かにレールに比べて扱いは大変だが、慣れれば強力だろう。空中で踏ん張れる。


「うむ。ちゃんとできておるな。一日で出来るのはなかなかすごいぞ」


 褒められた。恐縮。


「そこまで出来るのなら、少しテストをしようかの」


 テスト?


「あそこにあるバレーボールを取ってくるのじゃ。板を使い、一度も踏み外すことなく」


 姫隊長の指は上を指している。見上げると体育館の天井にバレーボールが引っかかっていた。

 誰がこんなところでバレーボールなんかしたんだ。


 改めて見るとここの天井は普通の体育館に比べてかなり高そうに見える。大体十七メートルはあるだろう。

 講堂としても使うらしいが、こんなに天井が高いとそっちにはあまり向いてなさそう。


 さてバレーボールはほぼ真上にある。普通に階段を作っていくとだんだん離れていってしまう。ので、螺旋階段を上るように板をつくる。


 バレーボールは取れた。天井は掃除しにくいので埃塗れだったりするが、ここのは綺麗だ。猫靴があるからだろうか。


 降りるのは少し慎重に。


「うむ。一発クリアじゃ。すごいぞ」


 姫隊長はどうやら褒めて伸ばすタイプらしい。俺も褒められると伸びる。

 後ろで拍手する茜二曹もなかなか褒め伸びポイント高め。


「もう一回。ちょっと違うやり方でやってもらおうか。茜」


 俺からバレーボールを受け取った愛夢一曹は茜二曹に投げて渡す。


 すると茜二曹は地面に対して直角にレールを作り、体を地面と水平にして上っていく。そしてバレーボールを天井に引っ掛けると板で駆け下りた。


 ああやってバレーボールを引っ掛けてたのか。


「賢太郎。次は両足でジャンプして上っていけ。板の位置が両足でズレないように」


 階段を作るのよりも神経を使ったがこれも問題なくクリア。


「うーむ。もう基本的な使い方は完璧じゃの。まだ昼前じゃぞ」

「すごいですねケンくん! 私は三日くらいかかりましたよ!」

「三日でもすごいがな。我は二週間かかった……」


 ふっ。もっと褒めるといいぞ。

 ま、やっぱセンス? っていうの? 俺にかかればこんなん朝飯前だわ。


「そうじゃな……昼までは妾たちとバトルするかの」


 ……バトル? 三対一で?

 ……俺が調子に乗ったから怒ってる?


 心の中でぐらい調子に乗ってもいいだろ!!


 レアギフト無しの殴り合いとかならいけるか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る