第二十話 美咲の話

 美咲を連れて来たのは、朝使っていた会議室。


 どうやら私用でも使えるみたいなので申請した。


 久しぶりに会ったんだし、色々と話したいことがある。

 営舎の自室は女人禁制だからな。

 ゆっくり話すにはここが一番だろう。


「飲み物は?」

「あっ、えっと、コーラで」


 俺もコーラにしよう。


「そういえば炭酸苦手じゃなかったか?」


 飲めないほどじゃないが好きじゃないって感じだったはず。


「克服したのよ。今は普通に好き」


 そうなのか。

 ……なんか今改めて美咲の成長を実感した気がする。

 離れている間に色々変わったんだろうな。


「そう言うケンくんはどうなの? コーヒー飲めるようになった?」


 からかうように聞いてくる美咲。どうせコーヒー飲めないだろうと高を括っているようだ。


 俺を舐めんじゃねえ!!


「……か、カフェオレなら」

「……相変わらずね」


 ……コーヒーはね。味じゃなくて香りを楽しむものなんだよ。


 さっきまで少し固くなっていた美咲の表情が柔らかくなった。


 美咲の緊張が解けたところで本題に入ろう。

 本題とは美咲のこれまでの行動について。具体的には、何故両親が離婚してすぐ会いに来なかったのか。


 一旦美咲が何故引っ越さざるを得なくなってしまったのか、を整理がてら。


 美咲の父。困った人だと言うのはオブラートでグルグルにした表現だ。

 実際は出世欲が強く、そのために自らの娘を利用しようとした父親失格の男だった。


 少し話は変わるが、レアギフト持ちが産まれる確率について。

 一般ギフト持ち同士、一般ギフト持ちとレアギフト持ち、レアギフト持ち同士、の順に大きくなる。


 大抵の仕事ではレアギフトを使うことなんてないが、自分の子供がレアギフト持ちだと周囲に自慢できる。マウントを取れる、といってもいい。


 そのため、通常釣り合わないとされる家格の差があっても、レアギフト持ちっていうだけでそれを埋め、結婚相手として候補に入ることが出来る。


 美咲の父はそれを利用し、美咲を上流の人間の嫁にして義父という立場から色々優遇を受けようとした。

 簡単に言えばこんな感じ。


 小学五年生までは割と美咲も自由にしていたが、以降花嫁修業をすると言って引越してしまった。


 当然現代で娘を自身の所有物のようにして、無理やり結婚させるなんて出来ない。


 そのためいつかは頓挫する計画ではあった。

 それでも美咲の引越しに納得がいかない俺たちは、引越し自体を阻止しようとしたが、美咲が『自力で何とかする』と言ったため、結局は美咲に任せることにした。


 できる限りの安全措置はとったが。

 まあ美咲も俺と一緒にトレーニングを積んでいる。単純な暴力では問題にならないだろう。その辺の心配はいらない。


 個人端末も中学卒業までは──場合によってはそれ以降も──保護者に管理されているので美咲とは連絡が取れず、美咲が引越し前に残した『全部終わったら自分から会いに行く』との言葉を信じて待っていたのだ。


「実際に両親が離婚したのは中二の秋よ」


 結構前だな。なんですぐに会い来なかったんだろうか。


「それは……私も防蟲官になって、ケンくんと運命的な再会をしたくて……」


 運命的な再会はともかく、俺が防蟲官になることを予想していたかのような発言だ。


「だって、不老不死に一番近いのって防蟲官じゃない。ケンくんなら防蟲官になるって思って……」


 防蟲官が一番不老不死に近いってのは、防蟲官が最も適応深度が高くなりやすい職だからだろう。


 前にも言ったが、適応深度が高くなると肉体の老化が遅くなる。

 ただ、もちろん不死じゃないし、見た目に現れなくなるだけで、老化自体は進行するらしい。

 年齢を重ねると体内で琥珀素を作る効率が落ちていき、ある程度で見た目にも出てくる。それでも歳に比べれば若く見えるらしいが。


 少なくともいつまでも若いままではいられない。


 そもそも不老不死を目指していたのは中一の冬までだ。

 流石にいつまでも不老不死を追ってはいられない。


 ちなみに俺の将来の夢の遷移は……


 物心ついた辺りから八歳くらいまでが防蟲官。

 八歳から中一の冬までが不老不死。

 中一の冬から中三の春までは厨二病全盛期だったので将来の夢とかはなし。

 それ以降は現実を見て、幹部自衛官を目指した。


 つまり俺は防蟲官になる気は無かったということだ。

 仮になったとしても、飛び級等の関係で都合よく再会するのは難しい。

 この場合美咲はどうしたのだろう。


「ケンくんが防蟲官にならなかったら? その場合は普通にケンくんの家に行ってたわね」


 高校上がってから俺は一人暮らしをしていたが、美咲は実家の場所を知っている。


 俺としては運命の再会とかいいから早く会いたかったが。


「……嬉しいわ。でも何も成してないのにケンくんに会いに行くのは気が引けたのよ。ハルカがなんか有名になってるし……せめて防蟲官になってから会おうかなって」


 何も成してないとは言うが、両親を離婚させたはずだ。

 その辺の話も聞いてみた。


 美咲の母は、無理やり結婚させることには反対ではあったものの、自身が元々裕福な家庭で無かったのに、美咲の父と結婚して家族共々裕福になったこともあって、美咲の幸せになると説得されてしまったようだ。


 美咲の父は美咲の母に度々暴力を振っていた。平手で打ったり、頭をはたいたり。拳で殴ったりしなかったのはDVとして訴えられないためだろう。

 ただ当然平手で打つだけで十分にDVだ。離婚に値する。


 美咲はそう言って母に離婚を促すも、専業主婦であり夫の経済力に依存している身のため、離婚したら美咲を養うことが出来ない、と拒否。


 実際は働かなくとも普通に生きていく分には問題ないくらいに現代の社会保障制度は充実している。

 それでも貧乏な頃があった美咲母は、あんな思いを美咲にさせたくないと考えた。


 しかしある朝、美咲父が美咲を殴ってしまう。元々美咲の強さを知っており、直接的な暴力を避けていたが頭に血が上ってしまった。


 それを見た美咲母は自分だけならともかく美咲に暴力を振るわれては耐えられなく、美咲のアドバイスで一応集めていたDVの証拠を持ち裁判を起こし、離婚した。


 美咲の頑張りも大きく十分『成したこと』に値すると思うが、美咲は両親を離婚させたのは別だと考えていたらしい。


 まあ、再会出来たんだしこれ以上はもういいか。


「ちなみに、電車で会った時俺を睨んでいたのは何故?」

「睨んでなんかないわよ。ケンくんに思わぬとこで会えたものだから舞い上がっちゃって……」


 俺すごい怖かったんだけど。睨んでなかったのか。


「ほら、私たちってケンくんのことを見つめると、最高に興奮すると同時に最高に落ち着くでしょ?」


 相反する感情が両立している……。




 ■■■



『美咲母』

 三度の死産を経験しており、元気に育った美咲を愛している。

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