第十九話 何もしてないのに壊れたッス!
「もういい時間ですね。最後に食堂を案内して終わりです」
拷問のような黒歴史発表会も終わりか。
俺じゃなかったら所構わずのたうち回るレベルの辱めだった。
案内されたのは下の階が曇りガラスで覆われている建物。
中に入ると、まず天井の高さに驚いた。
次に飛び回るドローンに気づく。
「あれは料理を運んでくれるドローンですね」
ドローンと言ってもプロペラで飛んでいる訳ではなく、おそらくは反重力を利用して飛んでいるのだと思う。
昔、防蟲隊基地の内部を紹介する動画で見たことがある。防蟲官は一度にたくさんの料理を必要とする為、一々歩いて配膳するのが面倒なのだとか。
コストの面から防蟲官基地以外ではほとんど見ない。金を持っているな防衛省。
「……なにか不文律のようなものがあったりするんでしょうか」
席に座って大井一曹に訪ねる。
ちなみに席順は、流華、俺、大井一曹。対面に梅子、美咲、理亜だ。
「不文律、ですか?」
「『あの席は誰々の専用席だ』とか注文しちゃいけない料理とか」
知らないうちにトラブルを招きたくない、と確認してみたが……
「そういったものは無いですね……混んでいる時に席を占領し続けない、とか騒ぎ過ぎないとか一般的なマナーに注意すれば」
笑って否定された。
じゃあ気にせず注文しよう。個人端末からできるようだ。
「賢太郎。何にしたぁ?」
「定食地獄だ」
「おー。ボクもそうしようかな」
さっさと決めて、配膳されるのを待つ。
「おお」
スイとカゴのようなものを持ったドローンが飛んできて、俺の前の机にカゴを置く。するとカゴの底面が開き、いくつかのトレーとその上の定食が姿を表した。カトラリーセットもある。
ドローンはカゴを折り畳むと帰っていった。
上空を料理が飛ぶのは埃とかが気になるが、あのカゴは薄いシールドを張っている為大丈夫なのだそう。
ただ頭上を飛ばれるのは落ち着かんな。料理が降ってきたらどうしよう。
「ふふ、大丈夫ですよ。複数の安全装置が組み込まれています。撃墜とかじゃない限り人の上に落ちてきたりしません」
頭上をドローンが通る度にビクつくように少し体を避けさせる俺を見かねてか、大井一曹が説明をしてくれた。
全員分の料理が届き食事を開始する。
おおよそみんな食べ終わった辺りで梅子がポツリと呟く。
「いや〜美咲ちゃんに聞いたんスけど、ケンくんって凄かったんスね〜」
「俺が凄いって言うよりか、周りが凄かったね……」
「ケンくんが凄いのよ」
「はは。ありがとね」
実際俺がなにかした、ということは無い。
小学生特有の謎ブーム──ブームと言うには少し長かったが──で『ケンくん崇拝ごっこ』が流行っただけの事。
みんな信者ムーブを楽しんでいた。俺もなんやかんや悪い気はしていなかったが。
長く続いたのは、ただやめ時が見つからなかったのだろう。だからそういったことは中学に上がった時すっぱり無くなった。
小学校が同じだった子も多かったが、正直人が変わったようでかえって怖かった。
ちやほやされるのも嬉しいが、長く続くと疲れる。中、高では平和に過ごせた。
「そういえば結局美咲ちゃんとってケンくんはどういった存在なんスか?」
「そうね……ケンくんは絢爛で華麗で風雅で珠玉で絶美で善美で美麗で優美で聡明で賢明で英明で慧敏で怜悧で温厚で鷹揚で闊達で寛厳で寛大で寛容で」
「え? あれ美咲ちゃん?」
唐突に中空を見つめ言葉を垂れ流す美咲に梅子が怯えたように声を掛ける。
「剛毅で豪胆で剛勇で苛烈で熾烈で強烈で猛烈で激烈で鮮烈で壮絶で凄絶で冠絶で勝絶で卓絶で」
「み、美咲ちゃーん? ちょっ、ちょっとケンくん! 美咲ちゃんが壊れたッス!」
「ほっとけばおさまる」
「ええ……」
このようなことはよくある。美咲のコレは初見だが、ついこの間もみやもっちゃんとハルカがこんな感じになっていた。
それにしてもよく通るいい声だ。
俺は昔、サクラは引っ込み思案さえ直せばアナウンサーなんか向いているんじゃないかと思っていた。
「落ち着いているッス……ほんとによくあることなんスね」
「瑩然としていて婉然としていて頑然としていて毅然としていて屹然としていて烱然としていて決然としていて厳然としていて昂然としていて皓然としていて豪然としていて燦然としていて灼然としていて敢然としていて完全で不敵で無敵で」
「……本当に放っておいていいんスか?」
「大丈夫」
と、平静を装っているが、実は俺もビビっている。
こんなふうに言葉を垂れ流すのは良くあること。だけど流石に小学生の頃はこんなふうにならなかった。
みやもっちゃんとかがこれをやるようになったのは結構最近のことだ。
それなのに内容、というか言い方がサクラもみやもっちゃん達と一緒なんだ。
収斂進化か俺が知らないだけで小学生の頃からこんなことを言っていたのか。どちらにしろ恐ろしい。
「大胆で何よりも輝いていて明瞭で鮮明で誰よりも優しくて強くて明るくてカッコつけててカッコよくて頼りになって大ざっぱで繊細で怖がりで臆病でビビりで泣き虫で涙脆くて猫舌で……」
……悪口多くない?
「人々を照らし、近づこうと手を伸ばす者を月にしてくれる存在ね」
「? ああ、ウチの質問の答えッスか……もう何を質問したか忘れたッス」
「私にとってのケンくん、でしょ。一言で言えば太陽よ」
「一言で済むなら最初っからそうして欲しいッス……」
やっと終わったようだ。
今はそんなに利用している人は居ないためか、食堂中に声が響いていた。
「ボクも頑張ればお月様になれるかなぁ」
「ケンくんの隊に入るんだもの。みんな月になれるわ」
「ほんとぉ? うれしいなぁ」
「私も……」
「理亜もなれるわよ」
「なる」
「……ウチは別に月になりたいとは……」
「なれるわ」
梅子の言葉を遮る美咲。今なんの時間だ? 宗教勧誘?
「いや、どうせなるなら冥王星とかに……」
「大丈夫。月になれるわ」
「遠慮している訳じゃないッス……」
優しい笑みを浮かべる美咲に半ば諦めたようにため息をつく梅子。
「そうだわ! 実際にケンくんのおかげで月になれた例を出しましょうか」
そう言って美咲は俺に目線を流す。
なんの目配せだろう?
「梅子、昨日『遥』が好きって言っていたわね」
「言ったッスけど……まさか!」
『遥』。今若者を中心に大人気なネット上で活躍する覆面シンガーソングライターだ。
主にラブソングを扱っており、悲恋や片思いなどを歌った曲が多い。
少し変わった所として、歌詞中の恋愛や片思いの相手を『カミサマ』と呼ぶところが挙げられる。
「私も確認した訳じゃないけどね。歌詞の感じとか名前とか、昔一緒に遊んでいた『ハルカ』みたいなのよね」
「えー!? ウチ一番好きな歌手遥なんスけど! じゃあ『カミサマ』ってケンくんのことなんスか!?」
「遥がハルカならそうなんでしょうね」
ここでもう一度俺を見る美咲。
なるほど。さっきの目配せの意味がわかった。これを利用して、将来の小隊員の心を掴めと。
遥は美咲の予想通りハルカだ。数年前から動画投稿を初め、いつの間にか大人気になっていた。
恐らく美咲は、遥がハルカである事を確信している。それでも確証がない風を装っているのは、遥が覆面シンガーソングライターだからだろう。
もし本気で正体を隠すのであれば、俺が『人違いだよ』とでも言えば、美咲の勘違いで終わる。
ただ、名前も漢字を変えただけだし(ハルカの漢字は春歌)、そこまで必死に正体を隠している訳ではないと判断したんだろう。
実際、遥は学生の間騒がれるのが面倒だから顔を隠しているに過ぎない。
梅子は遥の大ファンだと言う。俺が遥のサインでも渡せば、なかなか好感度が上がるんじゃなかろうか。
俺は自分の目的に友達の力を借りるのを厭わない人間だ。
利用させて貰おう。
「え、じゃあ最初の数曲を作曲していた『陽太郎』って……」
「それもケンくんでしょうね。ハルカならケンくん以外に『陽』も『太郎』も使わせないと思うわ」
最初の方は、ハルカが作曲出来なかったので俺がやっていた。
ちなみに、美咲は全国の陽太郎くんに何ら思うところはなく、あくまでペンネーム等で使う場合のことを言っています。
……これフォローできてるか?
「え、えっと、ケンくん!」
「はい」
「ケンくんが陽太郎さんなんスか……?」
「はい」
「ええー!? やっぱそうなんスね!? ……あんまり良くないことだとは思うッスけど……お二人のサインとかって貰えたりしないッスかね……?」
「いいよ」
「軽いッス! でもありがとございまッス!」
丁寧なのかそうでないのか微妙な感謝の言葉を頂戴した。
陽太郎としてのサインも考えねば……。
「ああでも、まだ外出出来ないから少し先になるかも」
「いつまでも待つッス!」
美咲に視線で感謝の意を送る。
「良かったわね梅子。……貴女も遥みたいに月になりたくなってきたんじゃない?」
「ッス! ウチも月になるッス!」
なんか買収して宗教勧誘完了、みたいな感じでやだなこれ……。
大井一曹と俺を除く将来の小隊員達が、月を目指して頑張ることを決めた辺りで、全員の食事が終了した。
ちなみに大井一曹は美咲達が話している間もずっと食べていた。
食べる量は俺と理亜が同じくらいで一番多く、あとはみんな横並びだが、大井一曹は丁寧に食べるので時間が掛かったようだ。
「はい、施設案内は終わりです。浦和候補生と氷川候補生以外の皆さんは各自の小隊の指示に従ってください」
訓練が始まっている候補生組は午後から訓練に戻るようだ。
「浦和候補生と氷川候補生」
「「はい」」
「今日はもう終わりです。お疲れ様でした」
……午後丸ごと休みか。
「それでは解散してください」
大井一曹の指示に従い、軽く挨拶をすると各々散らばる。
事前に午後の訓練の指示は出ていたのだろう。
食堂に残ったのは俺と美咲のみ。
「さて美咲」
「なによケンくん」
「この後暇か?」
「……暇だけど?」
「じゃあちょっと話そうか」
「わ、わかったわ……」
何故か周囲を忙しなく伺い始めた美咲は放っておいて、あの部屋の使用申請をする。
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