第十八話 本当に褒めてるか?

 案内はまだまだ続く。


 俺は少しずつ消耗していた。

 多少離れてるとはいえ、美咲たちの声は俺と大井一曹にも聞こえている。

 美咲の口から俺の黒歴史が飛び出る度に大井一曹がクスクス笑うんだ。


 嘲笑っている感じでは無いのが幸いだが、俺に恥が蓄積していくのには変わらない。



「ここは体育館です。講堂としても使いますね」


 まあ普通の学校にあるような体育館だ。


 特に変わったところはないようなのでチラッと中を見て次に行く。


「ケンくんの名は埼玉中に広まっていたわ。聞いたことない?」

「うーん……ウチも埼玉ッスけど聞いたことないッスね」

「ボクは群馬産まれだからぁ」

「……神奈川」

「埼玉と言っても深谷だからかもしれないッスね……端っこッス」

「えっ!? 深谷!? ボク伊勢崎だよ!」

「おお! お隣ッスね!」


 何故か後ろでは出身地を発表し合う流れになっていた。


 すると大井一曹がスルリと近寄って来て……


「私の出身も神奈川です」


 と俺の耳元で囁く。

 一般的な男子はこうやって女の子に囁かれると好きになってしまうってことを知っていての狼藉だろうか。しかしその覚悟誉れ高し。


 俺は一般的な男子では無いので致命傷で済んだが、気をつけて欲しいところだ。


 まあ、後ろと俺たちは分断されている。半ば盗み聞きような形になってしまっているので、向こうに聞こえないようにとの配慮だろう。


「ケンくんは神みたいな扱いだったわ。人によっては神以上だけど」

「へー。どんな感じッスか?」

「テスト前とか運動会の時とかにケンくんの名前を唱えたり。ケンくんの頭の良さや運動神経の良さにあやかろうとしてね」

「……あっ! そういえば運動会で聞いたことあるッス! 上級生が走っている時、誰が走っても『ケンくんケンくんケンくん!』って! 随分とケンくんが多い学年だと思っていたんスけど」

「わぁ。なんかすごいねぇ」


 あれは俺にもよく分からなかった。俺が走る時には普通に応援されるのに 、俺以外が走ると『ケンくん!』って。逆だよね?


「ケンくんの行いは都市伝説にもなっていたわ。聞いたことない? いじめをすると人格を変えられるって」

「聞いたことあるッス! ウチの学校でも人格が変わった人が居るって」

「それはケンくんがやったのよ」

「え……人格を変えたんスか……?」

「いや、別に怪しい方法で洗脳したとかじゃないわよ? 普通に説得したんですって。あまりの変わりように人格がどうこう言われただけで」

「普通に説得してそんなんなるもんスかね……」

「ケンくんなら可能よ」


 いちいちいじめっ子が出る度に出向くのは大変だった。


 ちなみに本当に説得しただけだ。

 このご時世、いじめなんてのは教師がすぐに止める。軽い注意で済めばいいが、エスカレートすると個人経歴に載ったりしてしまう。これがどれだけ今後の人生に影響を与えるかを教えただけだ。



 ■■■




「ここは隊舎です。私たちの小隊が出来たらここで過ごすことが多くなります」


 隊舎。各小隊毎に部屋を与えられているようだ。待機する時なんかはここで過ごすんだろう。営舎とは別。


 防蟲官以外の防蟲隊員が仮眠をとれるような部屋もあるらしい。


「そういえばケンくん昔はちょっとワイルドな話し方だったんスね。今は爽やかな感じッスけど」

「あれは猫かぶっているだけよ。上官がいるからかしらね」

「確かにぃ、昨日はもう少しはっちゃけてたかもぉ」

「でも成長して丸くなっただけかも知れないッスよね? 猫かぶってるは言い過ぎなんじゃ……」

「……ケンくんの精神は八歳の時におおよそ完成して、ほとんど変わっていないと学会では言われているわ」


 ……それは悪口か?

『お前の精神八歳児』って言われてるんだけど。



 ■■■



「ここは開発棟です。専用武器の開発や制服の修繕などはここで行います」


 専用武器。防蟲官それぞれに合わせて作られた武器で、地方基地だと一人一つは用意して貰える。


「ケンくんって記憶力いいんスよね?」

「そうよ。覚えようと思ったことはすぐに覚えられるし、滅多に忘れないわ」

「その割に美咲ちゃん『ケンくんに忘れられたんじゃないか』って不安がってたスよね」

「ケンくんは自力で自身の狙った記憶を消せるのよ」

「……人にそんなこと可能なんスか?」

「ケンくんには可能よ。研究所で脳波を測ってみても実際に消えてるって」

「ヤバいッスね……」

「人の顔や名前なんかは基本的に消したりしないらしいんだけどね。だからこそ記憶を消すくらい私の事嫌いになっちゃったのかなって不安だったのよ」

「覚えてて良かったッスね!」

「ええ救われた気持ちになったわ」


 人には記憶を消す力がデフォルトで備わっているので、それを応用しただけだ。

 仮に記憶を消しても、どんな記憶を消したかは覚えているので不便は無い。




 ■■■





「ここは屋内プールです。地下にもあります。申請をすることで空いていれば利用できます」


 いいな。これから暑くなってくるし、水の抵抗を利用してトレーニングは効果が高いし。



「そういったケンくんの影響力を利用した不届きな教師が居たのよ」

「へぇ。どんな感じにッスか?」

「……賢君の十戒って知ってる?」

「ああ、確か道徳の時間に読んだことがあるッス。十戒って言っておきながら十五条あるヤツッスよね……もしかして?」

「そうケンくんよ」

「賢い君主だと思ってたッス……」

「わざとそう誤解させようとしたんでしょうけどね」

「じゃああれケンくんの言葉なんスか?」

「いえ、全部がケンくんの言葉という訳では無いわ。四つが実際にケンくんが言ったもの、三つがケンくんが言いそうなもの、残りが教師の要求よ」

「結構全体的にいいこと言ってた気がするッスけど、ケンくんが言いそうなものと教師の要求はどうやって見極めるんスか?」

「ケンくんが絶対に言いそうにないことが載っているのよ。例えば、若いうちは自分を疑わずにチャレンジしろ、みたいなのがあるでしょ?」

「そんなんあった気がするッス」

「ケンくんはそんなこと言わないのよね。ケンくんは『挑戦する時は先ず自分を疑え』と言っていたわ。『本当に出来るだろうか』って疑いを乗り越えた時に真の自信になるって」

「へー……じゃあ失敗したらどうするんスか? 『やっぱり俺にはダメだったよ……』ってなっちゃうんじゃないッスか?」

「その時は『本当に出来るだろうか』っていう考えを疑えって言ってたわね。成功を疑った自分を疑うことで必要なことが見えてくるって」

「へー」


 普通のことを名言っぽく言っているなそのケンくんとやら。


 調子乗ってる時っていうのは、大したことない言葉を自作の名言だと思ってドヤ顔で語ったりするもんだ。


 ……この世で一番恥ずかしいことはそれを公表されることかも知れないな。


「なんかいいこと言ってる気がするッス」

「『気がする』じゃなくて実際にいいこと言ってるのよ。ケンくんの放つ言葉の内、八割はいいことだとされているわ」

「誰が統計とったんスかね」

「残りの二割はぁ?」

「どうでもいいことよ」


 本当は俺の事嫌いか……?

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