第十七話 施設案内開始あるいは黒歴史発表会

 美咲は昔よく遊んでいた、サクラだった。


 ややこしいので今後も美咲でいかせてもらう。美咲もそうしてほしいそうだ。


 旧交を温めたいところだが、一旦置いておいて他の子とも話すべきだろう。

 小隊として活動が始まる前に仲良くなっておきたい。


「浦和候補生」


 先程まで完全に観戦モードだった大井一曹が声を掛けてきた。


「そろそろ施設案内を始めようと思うのですが」


 もう歓談の時間は終わりらしい。まだ話したかったが、仕方ない。


 コップを片付け部屋を出る。


 建物の外に出て、今まで俺たちが居た施設を指し示す。


「ここが司令部棟です。事務関連の部署が入っています」


 司令部棟。その名の通り司令室もある。俺が今まで入ったことがあるのは、営舎以外だとここだけだ。


 ちなみにここの一階にあるおにぎり屋のおにぎりはとても美味しい。


「先程まで私たちが使っていた部屋は会議室です。個人端末から申請することで使えます」


 なんか集まって話す必要があれば便利だろう。


 そうやって俺が建物の説明を受けている後ろで……


「そういえばなんであだ名が『サクラ』になったんスか?」

「ケンくんと初めて話したとき、こんな会話があったわ」


 斜め上を向き過去に思いを馳せる美咲。


「私はお母さんに美咲を変形させた『さく』って呼ばれていたの。これが前提ね」

「ほうほう!」

「私が公園の砂場で砂のお城を作っているとケンくんが話しかけて来てね……」



 …………



「これすごいね」

「あ、ありがとう」

「……君の名前は?」

「さ、さくだよ……」


 ここで少し噛んじゃったわ。『だ』が『ら』に聞こえたんでしょう。


笹倉ささくら?」

「さ、さく!」

「ああ、『サクラ』ね」



 以降私は『サクラ』になったのよ。


「俺の名前は賢太郎! この世のあまねく人々は俺のことをケンくんと呼ぶよ!」

「よ、よろしくね。ケンくん……!」



 …………



 名前を間違えて覚えられたっていう話を大切な物のように語る。


 ちなみにどうでもいい話だが、この時美咲が砂で作っていたのは高層ビルだった。申し訳程度に屋上にしゃちほこが置かれていたが。


「そんなことがあったんスね〜。なんで訂正しなかったんスか?」

「あだ名が嬉しくて……」


 それでも本名は知っておきたかったなぁ……。




 ■■■




 移動し別の棟。


「あちらが通称急行棟。急行用の設備がある棟です。詳しい話は候補生としての訓練でされると思うので、今は省きますね」


 管轄内で蟲害が起きた時に急行する用の設備がある棟だ。埼玉基地では滅多に使われないだろうな。


「……公園で一人の男の子が二人の男の子に虐められててね。私は怖くて何も出来なかったけど、ケンくんが季節外れの松ぼっくりをいじめっ子に投げつけたのよ」

「なんで松ぼっくりなんスか?」



 …………



 当然松ぼっくりが当たったいじめっ子はケンくんに文句を言おうとするんだけど。


「うるせぇ! 松ぼっくりなめんな!」


 って言っておもむろにしゃがみこんで、どこからか取り出した折り紙で工作を始めたの。


 投げつけた松ぼっくりを真ん中において作られたそれは、ロボットのように見えたわ。


「松ぼっくりが乾き、かさが開くと変形する」


 どうやったのかは分からないけどそういうものみたい。


「これを君にやろう」


 いじめられていた子に手渡したわ。


 いじめっ子たちも興味津々で『よこせよ!』なんて言っていたけどケンくんが『いじわるする奴に渡したくねぇよな』っていじめられていた子に同意を半ば強引に求めて、条件を決めたわ。


「一日二日でかさが開く! お前たちがもうこの子にいじわるしないと言うのなら変形したのを見せてやる! わかったな!」


 いじめっ子もいじめられっ子も一緒になって『はい……』って。


「ならよし! 仲良くしろよな! あばよ!」


 そう言って去っていったわ。


 隅で見ていた私は優しくてかっこいい人だなって思ったの。


 これがケンくんを初めて見た時の話。


 結局自分からは声掛けられなくて、ケンくんに話しかけてもらうまで遠くから眺めてるだけだったわ。




 …………




「なんで松ぼっくり持ってたんスかね」

「あっ、もしかしてぇさっき名前あげてた子たち?」

「そうよ。いじめられてたのが博士号でいじめていたのがみやもっちゃんと山っちょ田」

「すごいねぇ」


 今、施設案内中の小隊は二つに分断されていた。


 施設案内を受ける俺と案内してくれる大井一曹。


 後ろから俺の昔の話をしながらついてくる残りのメンバー。


 案内受けている最中はともかく、移動中なんかは後ろに混ざればいいんじゃないかと思うかもしれない。


「……そういえば美咲は」

「何!? 何ケンくん!? どうしたの!?」

「……いや、美咲は案内聞かなくてもいいのかなって」

「ああ、私はもう案内受けたわ」

「あら、そうだったんですね」


 大井一曹も知らなかったらしい。じゃあこれ俺のためだけの時間か。申し訳なくなってきた。


 ……と、このようにちょっと俺が声を掛けるだけで美咲は過剰反応してしまう。


 だから俺も他の子と親睦を深めたいが、後ろに混ざるのははばかられる状況になっていた。


 梅子も美咲に見えないところから『ここはウチに任せてほしいッス』といったジェスチャーを送ってきた。頼んだ。


 こうなったら俺は案内を受けることに集中しよう。説明してくれる大井一曹にも悪いしね。




 ■■■




「ここは第一訓練棟です。ギフトを撃つことが出来る射撃場などがあります。地下はトレーニングジムになっています」


 地下にはお世話になるかもな。


「クリスマスはケンくんにどれだけいいものを贈れるか競う場になっていたわね。私は父に貰った五万円入ってるプリペイドカードをそのまま渡したし、一流パティシエの作ったケーキとかアンティークの時計とか」

「ヤバいッスね……」

「小学生にあげるものじゃ無いかもぉ……」

「これ以上のエスカレートを危惧したケンくんにほとんどお金の掛からないプレゼントを用意するように言われて収まったわ」

「ちなみにどんなものッスか?」

「私は石を彫って作った、デフォルメしたケンくんのフィギュアなんかをあげたわ。他の子は自作の歌とか手作りの料理とか」

「なんかみんな重くないッスか?」

「それだけケンくんが好きなのよ」

「愛ッスか」

「愛なら仕方ない」

「そうだねぇ」


 ……当時は本当に困った。わざわざ用意されたものだし一応受け取ったが。



 ■■■




「ここは第二訓練棟です。ここでシミュレータを利用した仮想訓練を行えます」


 中に入る。


 案内図によると大小様々な部屋があり、使用人数や目的で使い分けるようだ。


 一番興味のある、仮想戦闘用の部屋に案内してもらった。


「ここは大体三人以下で使う一番小さい部屋ですね」


 部屋の一つに入った。

 小さいと言っても天井も高く、五十帖ほどはあるので狭いとは感じない。


 コンソールが隅にあり、使用方法がその近くに掲示されている。


「埼玉大隊の人間なら皆自由に使えます」


 それはすごいな。

 当然満員だったら使えないが、個人端末から使用状況の確認や、予約ができるようだ。


「これは私でも使えますか?」


 大井一曹に対して問う。


「ええ、もちろんです。そこに触れてください」


 琥珀素認証パネルだ。


 触れると画面に俺の顔写真や隊員番号等の情報が出る。


「ええと、ギフトは……【強化付与(仮)】ですね。間違いないですか」


 これは変異した俺のギフトの名前だ。

(仮)なのは仮の名前だから。新種のギフトは、それを手に入れた人が名付けられる。

 変異ギフトは新種の場合が多い。


 つまり、俺がこのギフトの名前を付けられるんだ。


 何がいいだろうか。【強化譲渡トランスファー】とか【強化贈与プレゼンテーション】あるいは【強化供与エクステンド】もいいな。


 大井一曹が今度は自分で認証し、コンソールを弄る。


 するとそこにいたのは……


 C級蟲 スジクワガタ(大型)


 大きな顎を持つオスのクワガタだが、同じオスでも小型のオスと大型のオスに分けられる。小型のオスは名前の通り前翅ぜんしにスジがあるが、大型のオスにはない。


 こんな風に出てくるのか。薄くモヤのようなものがかかっているみたいだが、ほとんど本物と見分けがつかない。


「このように、蟲の等級と数だけ指定してランダムに出したり、指定したりできます」


 そう言ってスジクワガタ消す大井一曹。

 色んなかたちでの戦闘をシミュレーションできるんだな。


「ここは二十四時間、休日でも使用できます」


 ワクワクしてきた俺を見て微笑ましそうな顔をする大井一曹。


 明日、本格的な訓練がどんな感じなのか確認して、余裕があれば使ってみたいな。




「美咲ちゃんはケンくん大好きッスねー」

「当然でしょ。人類は皆ケンくんのことが大好きよ」

「主語がデカいッスね……ウチはまだ大好きとは言えないッスけど……」

「ボクは大好き〜」

「私も」

「理亜ちゃんまでッスか!?」


 理亜は表情薄く見えるが、結構ノリがいいようだ。


「そんなに大好きなら、ケンくんに彼女とかが出来たらどうするんスか? なんなら今居てもおかしくはないッスよね」


 いません……。


「ケンくんは彼女とか作らないわよ」

「言い切ったッスね」

「なんでぇ?」

「これはケンくんといつものメンバーでごっこ遊び──小学生にもなるとごっこ遊びなんて言うのは恥ずかしくて、カッコつけてシミュレーションなんて呼んでいたけど──をしていた時の話よ」

「まあ、小学生くらいだと大人ぶりたくなるッスよね〜」

「具体的な設定は省くけど、ケンくんがヤクザの組長役になったのよ。設定上子供がいるから妻もいるだろうってことで妻役も決めようってなった時。男の子組も女の子組も──当然私も含まれているわ──みんなケンくんの妻になりたがったの。たとえ役でもね」

「男の子もッスか……」

「今どき珍しくもないでしょ。まあ、男の子組は同性愛者って訳じゃなくてケンくん愛者ってだけだけど」

「ボクも賢太郎愛者名乗っていい?」

「人類皆ケンくん愛者だって言ったでしょ。好きに名乗っていいのよ。話を戻すわ。みんながケンくんの妻になりたくて醜い争いをするのを見て、ケンくんがこういったわ」

『俺は究極で完全な生命体だから妻とかは無しで』

「この言葉はケンくんの存在が人間の枠に収まりきらないということをケンくんが初めて認めたものよ。これは学会にて歴史的な発言だと認められているわ」

「学会があるんスか」

「だからケンくんに彼女がいる可能性は低いわね」


 ……俺に彼女がいないのは中、高と全くモテなかったからです。

 そんな発言を意識したことはありません。


 まだまだ案内は残っている。この後もこのスタイルで進めるんだろうか。

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