第十六話 美咲の正体

 俺が美咲に抱いている疑念。


 それは美咲が『自己認識改変型ストーカー』なのではないか、というものだ。


『自己認識改変型ストーカー』。俺の造語だが、何となくわかるだろう。自分自身の認識を改変したストーカーだ。

 遊んでる姿を遠くから眺めているうちに、自分もあそこに混ざっていたんだと思い込んだり、妄想の設定と現実の区別がつかなくなっていたり。


 俺は過去、そういったストーカーの被害に遭ったことがある。


 小学校六年生のとき。いつも遊んでいる公園から家に帰る最中。

 高校生くらいの面識が無い女性がさも当然の様に『迎えにきたよ』と言って俺の手をとった。


 当然『人違いですよ』とやんわり手を離そうとするも『もう。またケンくんったらいじわる言って』と強く握られる。


 いよいよ怖くなって強めに振り払うと本気で傷ついた表情を見せ『ごめんね。お姉ちゃんケンくんを怒らせちゃったね』と謝罪をした。


 この『お姉ちゃん』。単に知らない子供相手の一人称だと思っていたら、本人は俺の血の繋がった姉を本気で自称しているようだった。


 俺に血の繋がった姉はいないと言っても『しょうがないなぁ』と言わんばかりの表情をするだけ。傍から見ると、反抗期の弟と弟離れ出来ない姉に見えただろう。


 姉である証明をしようと慣れた風に俺との思い出を語り始める。


 弁当の玉子焼きは甘くしろと要求したこととか、普段俺が『誰々と遊んだ』っていう話をするだとか、少し前までは一緒にお風呂に入っていたとか。


 実際にあった話の登場人物を自分に置き換えていたり、俺がよく遊んでいる友達の名前を挙げたり、全くの妄想だったり。


 これは放置しておくとヤバいと考え、逃げようと思えば逃げられたが、手を掴まれたまま一緒に移動する。ただ相手が自分家じぶんちに連れて行こうとするのには抵抗し、交番まで向かった。


 中に入り警官に『この人ストーカーです』と言うも、手を繋いでいることもあって姉弟にしか見えなかっただろう。姉(虚偽)が慌てて『すみませんすみません』と頭を下げているのを見て、イタズラだと判断した警官は俺を窘めようとする。


 俺は『この人は姉ではない』と伝えるも、悲しげな表情をした姉(虚言)を見て『それはいけない』と説教をしようとする警官。


 個人端末を渡し、戸籍を確認するように言うと少し変に思ったのか、言われるがまま調べる警官。姉(妄想)も個人端末を出すよう言われ、すんなり従う。


 俺と姉(ストーカー)の戸籍を見比べておかしい事に気づいた警官にそれぞれ別室に分けられ、話を聞かれた。

 そこで改めて『やつはストーカーだ』と伝えると、保護者を呼び確認した後、やつはヤバいやつだとわかって貰えた。


 後日、自己催眠が解けたらしく、第三者を通じて謝罪の連絡が来た。


 その後彼女は県外に引越し、風の噂では結婚して、子どももいるようだ。


 これは俺にとってトラウマになっている。めちゃくちゃ怖かった。

 もう少し俺が自身の記憶力に自信がなければ『もしかしたら姉、居たかも』となりかねないことが特に怖い。

 否定すると悲しげな顔をするので、罪悪感が思考を鈍らせる。


 もう勘弁して欲しい。

 美咲の言動があの時を思い出させる。


『自己認識改変型ストーカー』ではない可能性もあるが、最も避けたい想定を基に、慎重に美咲について探っていこう。


「初めて会ったのはいつ?」

「……小学校一年の春」


 少しずつ質問をし、ボロを出すのを待つ。単に俺が忘れてるだけならこれで思い出そう。


「よく遊んでいた場所は」

「○○公園」


 俺がよく遊んでいた公園だ。


 ……これだけで大分絞れてしまった。

 ○○公園はあんまり大きくない公園で、頻繁に遊んでいたのは俺のグループくらいだろう。


 俺のグループ。俺が通う小学校の学区から少し離れたところにある公園に集まった八人の男女。


 小学校はバラけていたが、放課後はほとんど毎日遊んだ。

 男子は俺を含めて四人。女子も四人。


 美咲はこれに入っていると主張している。


 それは少し考えづらい。

 なぜならグループの一人を除き、今も仲良しだからだ。


 その除いた一人は小五の夏に引っ越してしまった。

 名前は『サクラ』。美咲じゃない。



「その公園でいつも遊んでいたメンバーの一人だと?」

「そうよ。ケンくんと私とメグとおハナとハルカと博士号はくしごうとみやもっちゃんとやまっちょでほとんど毎日遊んだじゃない!」


 俺のグループメンバーのあだ名も把握している。


 やはり自分をサクラに置き換えているようだ。

 引っ越しているのが都合良かったんだろう。


 もしかしたら『サクラ』と『美咲』は本当に同一人物なのではないかと思うかもしれないが、それは考えづらい。


 なぜなら違うところが多すぎるからだ。歳を重ね、成長したからじゃ説明がつかないような。


 指摘していこう。

 姉(偽物)は少ししたら自分が姉では無いと気づいた。

 サクラだと思い込んでいる美咲は自分で気づいてくれるだろうか。


「美咲の言う条件に当てはまるのはサクラしかしない」

「! なんだ、覚えてるじゃない! 本当に忘れちゃったんだと思ったわ」

「君はサクラじゃないだろ。美咲だ」

「サクラはあだ名でしょ? 美咲が変形した」


 美咲が変形してサクラ?

 無理が無いか? 別人じゃん。いや、あだ名ってそういうものか?


 いくら学校が違ったとはいえ、四年もあだ名を本名だと思い続けるのはおかしいだろう。


 美咲は心底不思議な顔をして「本名言ったこと無かったかしら」と自身の記憶を探っている。


 ……次だ。次の相違点。


「髪の色が違う」

「当時は染めていたのよ。目立ちたくなくて……」


 サクラは茶髪だった。ただ今から確認するすべが無い以上、染めたって言われたら終わりだ。次。


「性格が違う。そんな話し方じゃ無かった」


 サクラは『ふぇぇ』って感じの子で、美咲みたいに『いいわね? 行くわよ!』って感じじゃ無かった。

 いくらなんでも変わりすぎだ。


「こ、高校デビューよ!」

「あー」


 顔を真っ赤にした美咲に梅子が同情するような声を出す。


「ケンくん。人の高校デビューを笑っちゃだめッスよ」

「笑ってはないが」


 とはいえ高校デビューと言われたらこれ以上つつけないな。


「美咲ちゃん。気にする事は無いッスよ。ウチも高校デビューッスから気持ちは分かるッス」

「ありがとう梅子。別に落ち込んで無いから大丈夫よ」

「なら良かったッス」


 梅子も高校デビューしたのか。

 やはり意外性の塊。


 というか梅子って……


「梅子は今高校一年生だろ?」

「そうッスよ?」

「……じゃあデビューしてから三ヶ月も経ってないじゃない!」


 デビュー歴三ヶ月以内の割に堂に入った『ッス』口調だ。


 梅子は『わかってないなぁ』という風に首を振る。


「同じく高校デビューした美咲ちゃんならわかってくれるはずッス」

「何よ」

「高校デビューは高校入学前から始まっていると!」

「……確かに!」


 衝撃を受けたように仰け反る美咲。


 高校デビューしたことが無い俺にも一つ分かることがある。

 ……話が脱線してる!



 ■■■





 梅子が落ち着くまで待って、話を再開する。


「ギフトが違う」


 これはかなり決定的だろう。サクラのギフトは一般ギフト【精密動作】系だった。

 美咲のギフトは蟲害の時に見た【氷】系のレアギフトだろう。


 仮に【精密動作】が変異しても【氷】系にはならない。


「それは……ごめんなさい。嘘をついていたわ。本当はレアギフト持ちだったの。親に隠すように言われてて……仲良くなってから伝えようと思ったけど、その時のケンくんには言いづらくて……」


 一時期、俺のギフトが一般ギフトだと正式に判明した時。俺はちょっとレアギフト自体に対して怒りを覚えていた。

 子供らしく理不尽に、なぜ俺が一般ギフトなのだと、なぜ防蟲官になれないのだと。


 というか当時の情報は嘘って言うのズルくない?

 どうとでもできるじゃん。


 今更ながら美咲がサクラでは無いと証明するのは大変そうだと気づいた。


「苗字が違う」


 サクラの苗字は佐藤だ。


「両親が離婚したのよ」


 それは……


「おめでとう」

「ええ、ありがとう」

「「えっ」」


 梅子と流華が揃えて驚きの声を出す。


 これは罠のつもりだった。普通両親が離婚したことに対して『おめでとう』なんて言われたらムカつくが、サクラの場合話が変わってくる。


 簡単に言えばサクラの父親は困った人で、引越しの理由もその人のせいだった。


 もし本当にサクラなのであれば、両親が離婚して、酷い父親と離れられたことを嬉しく思うだろうと。


 ──あれ?


 これに『ありがとう』って返せるのはすごくないか?


「……俺の八歳の誕生日にサクラがくれたものは?」

「チョコレートケーキ」

「小二のクリスマスプレゼントは?」

「五万円が入ったプリペイドカード」

「小五のバレンタイン」

「……五年生の夏に引っ越したから渡せなかったわ」


 ──これサクラじゃね?


「サクラじゃん」

「そう言ってるでしょ!」

「悪い。全然気づけなくて」

「いいわよ。忘れてたんじゃないなら」


 まさか本当に美咲がサクラだったとは。

『自己認識改変型ストーカー』とか疑ってごめんね。


 でも気づけなくてもしょうがないと思うの。

 成長して声も顔も違うし、名前も髪も性格もギフトも苗字も違うんだから。


「……ごめんなさい。ケンくんなら脳内シミュレータで分かるかと思ったのよ」


 脳内シミュレータでサクラの顔と美咲の顔を比べて、成長すればこうなるだろうっていうのは分かる。


 ただ、そもそもある程度特徴が一致しないと脳内シミュレータを使おうとは思えない。


 もし電車で会った時に美咲が茶髪でおどおどした感じであれば、もしかしたらサクラじゃねと、脳内シミュレータで確認しただろうが。


 ただもう少し早く。美咲が『自分はサクラだ』と主張した時に使えば、無駄な問答は無かっただろう。

 美咲を『自己認識改変型ストーカー』だと決めつけていたが故。反省。


 いや、もっと早く。俺が美咲のこと忘れてそうな時に『私よ。昔よく一緒に遊んでたサクラよ』とでも言ってくれれば俺が美咲を『自己認識改変型ストーカー』だと思うことも無かっただろう。


「それは……運命の再会だし、ケンくんから呼んで欲しくて……」

「乙女心ッスね〜」

「乙女だねぇ」

「乙女」


 ……乙女心は時と場合を選んでね!

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