第十五話 小手調べを制する

 席に着き歓談をしようという流れ。


 俺一人の対面に四人が座っている。


 大井一曹は会議室の隅にあるドリンクサーバーの方へ向かった。


「お飲み物何になさいますか?」


 飲み物を用意してくれるようだ。


 ……大井一曹ここで一番階級上なんだけど。いいの?


「じゃあコーラお願いしまっす!」

「……紅茶」

「緑茶でぇ」

「紅茶をお願いします」


 じゃあ、俺にもおコーラいただけるかしら。


「はーい」


 福原候補生、平塚候補生に流華は大井一曹に対して遠慮が無さげだ。

 多分ある程度打ち解けているんだろう。


「どうぞ」


 机の上に飲み物が置かれる。

 大井一曹は俺の横に並んで座った。


 ここからが歓談の始まり。気を引き締めて行こう!


「あっ、浦和候補生」

「なんでしょうか」


 福原候補生に先制を取られた。


「私たちに敬語は無くて大丈夫です。同期ですし」


 また敬語を外すように言われた。


「わかった。みんなも無くていいよ」


 相互に敬語を外す。ここまでは小手調べ。


「ほんとッスか! わかったッス」


 福原候補生は意外性の塊だ。お姫様みたいな髪型をして『〜ッス』口調。それも良し!


「そうそう。ウチらのことは下の名前で呼んで欲しいッス」


 事前に打ち合わせでもしていたのか自分以外の分も許可を出す。

 こうして呼び方を決めてくれるのはやりやすい。


「わかった。俺も良ければ下の名前で呼んでくれ」


 今更だが、防蟲官は常に苗字+階級で呼びあっている訳ではない。特に親しくない相手や上官になら苗字+階級、あるいは苗字+役職名が無難だが、同期などなら名前で呼び合っても、文句を言われることは無い。

 場面によってはそぐわないこともあるので注意。


「わかったッス! ケンくん!」


 懐かしい呼び名だ。『ケンくん』という呼び名は、俺史上最も頻繁に使われた呼び名だ(俺調べ)。

 というのも、俺史上最も友達がいた小学生の時の呼び名が『ケンくん』だったと言うだけだが。

 中、高と上がり、出来た知り合いには『ケンくん』と呼ばれることは無かったなぁ。小学生からの友達は変わらないが。


 思わず回顧してしまった。


 他の子たちにも遠慮せず呼んでくれ、と視線を向けると確認するように口々に声を出す。


「よろしく……賢太郎……」


 平塚候補生、改め理亜。

 最初の名乗りの時も思ったが、小さく穏やかな声だ。

 笑顔を作るのが苦手なのか、無表情で眠たげな瞳を目礼させる。


「よろしくお願いするッス! ケンくん!」


 福原候補生、改め梅子。

 元気いっぱい溌剌とした声だ。理亜の後に聞くとより大きく聞こえる。


「よろしくねぇ。賢太郎〜」


 流華は流華。

 相変わらず間延びした声で俺の名を呼ぶ。


「よろしくお願いするわ。……ケンくん」


 氷川候補生、改め美咲。

 澄ました顔でちょっぴり強気な口調。はっきりとした声に『ケンくん』の呼び方は可愛く感じる。雰囲気から賢太郎と呼びそうなのに。意外だ。


 ちなみに大井一曹は無言で静観の構え。

 たかがいち候補生である俺が未来の小隊員とはいえ階級付きの人を呼び捨てにしたりは出来ない。それをわかっているんだろう。


 互いの話し方や呼び方が決まった。ここまでは小手調べ(Part2)。


 本日の俺の勝利条件は未来の小隊員たちと良好な関係を築くこと。サブに銀髪少女の正体を知ることだ。


 ここは小手調べ(Part3)として、少し気になっていた事を話題に出してみるか。

 ……小手調べばっかで全然本番に入れない!


「明日から本格的な訓練が始まるんだ。どんな感じ?」

「そッスね〜。ウチは結構大変ッスね。担当してくれる人は優しいッスけど」

「楽しい」

「ボクも大変〜。担当の人は怒鳴ったりとかはないけどぉ、厳しい人で……」


 バラけるのか……。

 まだ話していない美咲に目線を向ける。


「……私もまだ本格的な訓練は始まっていないわ。入隊したのはケンくんの一日前とかそんなんだから」


 そうすると、美咲も俺と同じく蟲害での行動が評価されて入隊した感じだろうか。確かにたくさんの蟲を凍らせていたようだった。


 ちなみに大井一曹はまだ静観の構え。

 本日はあくまで俺とほぼ同期組の懇親みたいだ。


 そこで、梅子が美咲に目配せをする。

 やっぱりなんか打ち合わせをしていそうだ。俺が小隊員の資料を見ていたときかな。


 目配せを受けた美咲は意を決したという表情で頷き、俺に質問をする。


「ねぇケンくん。私の事覚えてる?」


 当然覚えている。

 蟲害の時のことに触れないから不安に思ったんだろうか。

 今は俺とそれ以外の小隊員たちとの歓談の場だから、一人にだけ話題を振るようなことはしなかっただけだ。


 打ち合わせの気配を感じるし、他の子たちを置いてけぼりにするのは気にしなくてもいいのかな?


「ああ、覚えてるよ。怪我はなんとも無かった?」

「ええ、おかげさまで。ケンくんこそ腕がしっかり繋がったようで何よりだわ」

「美咲が俺の腕を回収してくれたおかげだよ。ありがとう」

「礼には及ばないわ」


 あの時にも礼は言った気がするが、気絶する前の記憶は少し曖昧だ。改めて礼を言う。


 すると美咲はソワソワしだす。


「そ、それだけ?」


 何を求められてるんだ?


「あ、あとハリガネムシを凍らせてくれたのもありがとう」


 これも言った気がするが、おそらくは礼の追加を求められていると考えてだ。


「それでもなくって!」


 礼の追加では無いみたい。なら謝罪か?


「あー、美咲を運ぶ時にお姫様抱っこの形になったのは申し訳なく……」


 あれが一番やりやすい持ち方だったが、緊急時であっても当時面識のない人に体を触られたとあれば謝罪の一つも欲しいところだろう。


「それでも無くて……お姫様抱っこ!? もしかしたらとは思ってたけど……意識がない間に……」


 運んでいる最中は意識が無かったが、後から知ったのかと思った。

 これも違うのか。何を求めるのか。


「……もしかして覚えてないの?」


 さっきまでのはっきりした声から打って変わって弱気な声。

 ……ヒントくれない? 俺クイズ得意だぜ?


「……私たちが最初に会ったのは?」

「電車の中だろ」


 確かめるように尋ねる美咲に迷わず答える。それ以前に会ったことが無いか記憶を精査したのではっきり言える。


「嘘……まさか本当に忘れちゃったの……?」


 弱気どころか泣きそうな声だった。

 電車以前に会ったことがあるというのだろうか。

 泣かれると弱いが、嘘をつく訳にも行くまい。


 梅子と流華はハラハラとトラブルの気配を感じとっている。

 理亜と大井一曹はどっしりと構えている。いや大井一曹は少しハラハラしているか。理亜はぼーっと俺を見つめている。大物。


 一応見た目だけでなく名前や声でも記憶を探って見たが、やはり記憶にない。


「私よ私! 小学生の頃すっごい仲良しだった!」


 立ち上がり自分の胸をバシバシ叩きながら主張する。


 ……全く絞られない。再三言うが友達が一番多かったのが小学生の頃だ。

 いや、そもそもその友達全員の事を思い浮かべても、美咲と一致する子はいない。


「嘘じゃないわよ! 本当に仲良しで、ケンくんが『将来の夢は不老不死だ』って言った時『私も不老不死になって永遠に一緒にいる』って答えたのよ!」


 さっきまでハラハラしていた梅子が『うわー』とでも言いたげな顔で俺を見る。

 何がおかしい! 小学生はみんな不老不死を夢見るだろうが!


「俺は記憶力に自信がある」

「知ってるわよ」


 前置きとして。


「俺に『不老不死になって永遠に一緒にいる』と言った女の子は十八人いたが、その中に君はいない」

「そんな……!」


 ショックを受け、崩れ落ちるように椅子に座る美咲。


 そこで空気を一旦変えようとしたのか場違いに明るい声で梅子が感嘆する。


「それにしても、モテモテッスねー」


 十八人に永遠を誓われたことだろう。当時の友達全員に俺の夢を言った訳じゃないので、もっとたくさんそう言ってくれる子は居たと思う。


「走るのが速かったからな」


 小学校でモテる最強の条件。俺は学年どころか一、二年上の上級生よりも速かった。


「それだけじゃないわよ。頭もいいし、優しいし、かっこいいし、走る以外も運動できたし、面白いし、ノリもいいし、もし行き過ぎれば注意もしてくれたんだから」


 まだ落ち込んではいるようだが、少し元気が出てきたみたいだ。


 梅子は「ほぇー」と感嘆の声を出す。

 流華も「ほぇー」って言ってる。


 正直当時の俺の事じゃなくて、当時の美咲のことについて話して欲しいんだけど。


 ここまでで俺は美咲に対して、ある疑念を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る