第十三話 刻まれしは我が名
日曜日 朝六時
インターホンが鳴る。
昨晩は冷凍食品を食べた。備蓄にしたかったが、普段見かけ無い商品もあったので味見がてら。
「おはよう〜。一緒に朝ごはん食べよぉ」
快諾し、共に机に並ぶ。
流華は部屋からたくさんのパンを持ってきていた。本日の朝食はパン祭りみたいだ。
「今日は何をするの?」
ワクワクとした内心を隠す様子も無く問いかけてくる。
遊ぶ約束をしておいて、大変心苦しいが少しだけ用事がある。
「あー……今日は一旦前住んでた部屋に行くから、遊ぶのはその後になる」
「そっかぁ」
荷物をこっちに移す必要がある。昨日纏めて持ってこなかったのは、一回部屋を見て、要る物を選びたかったからだ。
「ボクも手伝いたいけどぉ……まだ外出許可取ってないからぁ」
防蟲官は、入隊後二週間程で休日に外出できるようになる。流華は多分入隊一月は経っているはず。
ただ候補生の間は外出の際二人一組でなければいけなくて、相手も含めた外出許可を取っている必要がある。
ちなみに俺の場合は引越し特例だ。この土日以降はしばらく外出出来ない。
「荷解きは手伝うね」
「頼んだ」
今は六時。まだ早いからそれまでは遊ぼうか。
■■■
「行ってらっしゃい〜」
流華に見送られて営舎を出る。
これまで住んでいた部屋に到着。
荷物は種類ごとに纏めてある。絶対に必要なのは調理道具や食器ぐらいだろうか。あと幾つか要りそうなものをダンボール箱に詰め込んだ。
三箱になった。縦に重ねてしっかり固定する。
残りの荷物は部屋を引き払うときに処分を依頼しておく。
お世話になった部屋を出て、呼んでおいた自動運転タクシーに三連ダンボール箱を突っ込んだ。
埼玉基地に到着。門衛さんにダンボール箱の中を確認された後、中に入る。
三つも重ねているので当然前は見えないが、俺にかかれば前が見えない状態で歩くのなんて造作も無い。
スイスイ歩き、営舎に入る。
部屋にダンボール箱を入れると、インターホンが鳴った。
「おかえり〜。手伝うよぉ」
まだ帰ったことを伝えていなかったが、流華の部屋の前を通ったので足音でわかったんだろう。
中に入れ、手伝って貰う。
「あっ、ゲームだぁ。賢太郎ゲームするの?」
ゲームハードを幾つか持ってきていた。
「結構やる。流華は?」
「ボクはあんまりぃ……でも賢太郎と一緒にならやりたいなぁ」
「なら、片付け終わったらやろうか」
「うん!」
初心者だと言うのなら、対戦ではなく協力して遊べるゲームをやるべきだろう。
「あっ、これ土鍋?」
「そうだよ」
「じゃあ、今日の夜は鍋にしない?」
まだ昼飯も食べていないが……。
今は六月。もうすぐ暑くなってくる季節だが、まだ割と涼しい。特に夜は。
鍋を食べても、暑くなったりはしないだろう。
快諾する。
「やったぁ! 何鍋がいいかなぁ?」
「……まず昼を決めないか?」
「……確かにぃ。どうしよ……どっか食べに行く?」
基地内の食堂で食べるという事だろう。
流華におすすめを聞いてみる。……ケーキショップ以外で。
「うーん……ボクも最近来たばっかだからなぁ。……あっ、スパゲティ専門の所は? 行ったことないけど、気になってたんだぁ」
そこに決定!
「わぁい。じゃあ鍋は……そうだ! すき焼きは?」
すき焼きか。作り方にもよるが、土鍋向きでは無いな。鉄鍋の方がいい。
まあ土鍋で出来ない訳じゃない。それで行こう。
「やったぁ」
そんな風に話してると、片付けはすぐに終わった。
丁度いい時間なので昼飯を食べに行く。なかなか美味かった。また今度行くだろう。
帰りにコンビニですき焼きの材料と、昨日消費した冷凍食品を補充しておく。あとパンも食べたな。補充。
部屋に戻り、約束通りゲームをした。
流華は確かに初心者のようだったが、そこは見習いでも防蟲官。飲み込みは早く、特に詰まることなくキリのいい所まで進めた。
今は休憩中である。
「第四高校? そうだなぁ……大変だったよ」
気になっていたので、第四高校での暮らしについて聞いてみる。
友達が出来なかったと言っていたので少し聞きづらかったが、軽く探りを入れたところ、特別思う所は無さそうだったので。
「ボクは体力もなかったし、訓練がキツかったなぁ……。勉強もそんなに得意じゃないし……教官も怖かった……でもこないだの大隊長の方が怖かったよ……」
流華も日比谷司令(大隊長)の洗礼を受けたのだろうか。
「服務の宣誓の後のやつでしょ? ボク腰を抜かしちゃった……」
あれは俺もかなりビビった。気が弱い人なら失神してると思う。
「流華は頑張ったよ……」
「ほんと? 嬉しいなぁ」
話を日比谷司令から第四高校に戻す。
「防蟲官コースはね、自衛官コースみたいに起床ラッパからの点呼、みたいなのは無いんだぁ」
自衛隊と言えば起床ラッパ、みたいなところはあるが、防蟲隊にはそういったものは無い。
「朝普通に自分で起きて、決まった時間までに教室とかに到着してればいいの。もちろん少しでも遅刻したら怒られるよ。でもまあそこは普通の学校も変わらないよねぇ」
そうだな。未来の防蟲官を育てる第四高校と言えど、その辺は変わらない。
「でもぉ……防蟲官って即応性が求められるでしょ? 防蟲官コースではそれを鍛えるために、いつでもどこでも訓練用の警報が鳴ったら、指定された場所に指定された時間までに集合しなくちゃいけないんだぁ」
防蟲官全員、というよりは地方基地所属の防蟲官だけであるが、管轄内で蟲害がおこれば即座に急行することが求められている。
「夜中とかはまだいいけどぉ。お昼休みとかのご飯食べてるときに鳴るのは嫌だったなぁ。食べかけでも一旦置いて集合場所に行くの。誰が来ていて誰が間に合ってないかを確認したらすぐに解散するんだけど、ご飯は冷めちゃってたよ……」
それは大変そうだ。
「もっと大変だったのはね、お風呂入ってる最中に鳴ったとき! 頭も体もまともに拭かずに慌てて着替えたんだけどぉ……服が体に張り付く感触が気持ち悪かったなぁ。結局間に合わずに怒られちゃったし」
肌が濡れたまま服を着るというのは想像するだに不快だ。
「だよねぇ。今はインナーがあるし多少濡れてても大丈夫そうだけどねぇ。でも着る枚数が多いのは大変かも……」
インナーの吸水性はかなりすごいからな。
と、個人端末に通知。営舎一階に荷物を配達した、との事。
「あれ? なんか頼んでたの?」
「そうだな……噂をすれば影、と言ったところだ……」
「……?」
無意味にカッコつけ下に荷物を取りに行く。
■■■
「ああ、なんだぁ。インナーか」
そう。丁度インナーの話をしている時に来たので、だいぶテンションが上がった。
検査の時に着ていたインナーはレンタルだったが、これは正真正銘俺のものだ。
その証拠に俺の名前が刺繍されている。
内訳は、肌着シャツ十枚、ボクサーブリーフ十枚、靴下十足、コンプレッションウェア上下二セットだ。
その全てに浦和 賢太郎の文字が縫い付けられている。
これら全ては俺が自費で購入した扱いになっている。つまりは私物だ。
とはいえ、俺の懐から支払ったわけではなく、専用のボーナスが支給され、それと勝手に打ち消し合っているので、実質タダだ。
こういった個々人に合わせて作る必要があるものを官品──国が所有する装備──とする訳にも行かず、このような形になっている。
足りない場合は追加で作って貰うことも出来るが、それには費用が掛かる。もちろん多少の割引はあるが。
過去に防蟲官割引を悪用して利益を得ようとした人が居たため、名前を刺繍されるようになった。
洗濯の仕方を書いてある紙も同梱してある。まあ普通のものと大きくは変わらない。
ただ専用の洗剤を使用しなければならないようだ。それも一つ一緒に入っていた。
洗濯の頻度は、肌着シャツ、ボクサーブリーフ、靴下が一度着たら。つまりは毎日替えるべきだと。まあ当然。
コンプレッションウェアに関しては二週間が目安。実際は二ヶ月は着続けても臭ったりはしないらしい。すごいね。
──やっぱり足りないな。
必要最低限の枚数と言った感じだ。いくらか自費で購入しておかなければ。
防蟲官は寝間着代わりにインナーを着用することが多いらしい。
理由はやっぱり警報が鳴ったときに早く着替え終わるからだ。
「ああ、一応言っておくけどぉ。ここでは訓練用の警報は鳴らないよぉ。鳴ったら全部本物」
紛らわしいもんね。
「滅多に鳴らないらしいけどねぇ。もし鳴ってもボクらには関係ないけどぉ」
埼玉は蟲害がとても少ないのでほとんど急行するようなことはないだろう。
俺たちには関係ないというのは候補生は警報が鳴ったら自室待機だからだ。
「ねぇ〜。そろそろすき焼きぃ」
もうそんな時間か。手早く準備する。
「美味しいぃ〜。賢太郎料理できるんだねぇ」
牛肉を頬張りながら話す流華。飲み込んでから喋って?。
食材切って割り下ぶっ込んだだけだが、お口に合ったようで何よりだ。
…………
「ご馳走様ぁ」
完食!
2人で鍋一つでは当然足りないので、鍋が空になる度に新しく作った。
シメはいつかやってみたいと思っていた変わり種。
「すき焼きのシメにラーメンは初めてだったよぉ。パスタも……全部美味しかったぁ」
普通に雑炊も食べたが、個人的にはカレーが全部持って行った。もうカレーの味しか残っていない。強すぎる。
■■■
流華はもう帰った。
明日からは本格的な訓練が始まるだろう。気を引き締めねば。
成宮副司令からメールだ。明日の予定。
『明日は浦和くんが率いることになる人たちと顔合わせをしてもらいます。その後、埼玉基地を案内して貰ってください。本格な訓練は明後日からとなります』
……明後日からは本格的な訓練が始まるだろう。気を引き締めねば。
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