第十話 内見
土曜日。着替えやちょっとした私物を適当なリュックに詰め、埼玉基地の正門前に来ていた。
私服で外出する機会も減るだろうし、そんなに服は持ってきていない。
門衛さんに昨日貰った個人端末を提示すると、軽くリュックの中を検められた。
形式的なもののようで、少しゴソゴソしたらすぐに問題無しの判断をくださった。
そうして基地内に入ると……
「お、おはようございます! 浦和候補生ですね!」
防蟲官の女性用制服を着た人に、そんな伺うような挨拶を投げかけられた。
「おはようございます。埼玉大隊所属 浦和賢太郎候補生です」
俺のことを待っていてくれたようだ。
昨日成宮副司令に貰ったメールには、今日の引越しのために営舎を案内してくれる人をつけてくれるとあった。それがこの人だろう。
「あっ、わ、私は埼玉大隊所属
よろしくを返し、早速案内される。
結構どもっているが、いつぞやの店主さんのように口下手、という印象は抱かなかった。
敬語が苦手なのか、初対面の人に緊張してるとかそんなところだろう。
後ろ姿を見ながら少し考える。
この人も銀髪だ。最近印象深い銀髪と言えば蟲害の時の銀髪少女だが、彼女と比べるとくすんだ色である。
この人も銀髪少女と言えなくはないのかもしれないが、少々問題がある。
──多分、男だよな。
身長もあまり高くなく、髪もどっちとも取れる長さで、顔も可愛らしい女の子に見える。
何より女性用制服を着ているのが彼女を女の子としてしか見れなくしている。
ただ、歩き方が少し変だ。
のっしのっし大股で歩いている訳では無いが、俺の脳内シミュレータによる骨格再現だと、男の骨格をしている。
このご時世、男が女性用制服を着るのも、その反対も問題はない。
ただ性自認がどっちなのかは、はっきりさせておきたいな。コンプラ的に。
「着きました」
埼玉基地内居住区 営舎前
防蟲隊は自衛隊を参考にして作られた機関なので、施設の名前等が自衛隊のものと一緒だったりする。しかし中身まで一緒な訳では無い。
自衛隊で営舎と言えば相部屋で数人と一緒に暮らし、規律も厳しい感じだが、防蟲隊の営舎はそんなことない。
一人部屋だし、風呂トイレも各部屋に完備しており、ワンルームマンションみたいな感じらしい。
「ここは男子隊舎で女子禁制です。あっ、私は可愛いからこの制服を着ているだけで、男です」
「そうでしたか」
性自認も男だと言う。なら普通に男扱いしても良さそうだ 。
「……」
「どうしましたか?」
「いえ、あまり驚かないな、と」
驚かせようと今まで黙ってたのか。
先に言ってくれれば完璧なリアクションを披露できたんだが。
「それと、その、敬語は無しで大丈夫ですよ。同い年ですし。私の方が少しだけ入隊は早いですが、ほとんど変わりませんし」
会う人全員に敬語やめるよう言われるな。俺の敬語なんか変か?
「あと、あなたの隊に入る予定ですし」
なんだと!?
それなら敬語は使わない方がいいな。
それに……
「わかった。君も敬語は無しでいいよ」
「えっ!? いいんですか?」
「必要な時に使ってくれれば大丈夫。普通に話す時は無しにしよう」
実際隊を率いたときに変に遠慮とかされるよりは、頓着無く話して欲しい。
「良かったぁ。敬語苦手なんだよね」
心底ほっとした様子。
少し間延びした感じの話し方をする子だ。申告通り敬語は苦手そう。
「あっ。君のこと賢太郎って呼んでいい? 将来の隊長を『候補生』って呼ぶのなんか変な感じでさぁ」
「もちろんいいよ。俺も流華って呼んでいいかな」
「いいよぉ」
いつまでも営舎前に居てもしょうがないそろそろ中に入るか。
「ここが玄関ホール。で、ここが荷物置き場。配達物とかがここに入れられるよ」
「宅配を頼めるのか」
「うーん。基地の外から持ってきて貰うのは申請が面倒だって聞いたなぁ。ここには基地内の物が届けられるよ。修繕をお願いした制服とか」
なるほど。
「このエレベーターに乗るよ。四階だね」
俺の部屋は四階か。どこでもよかったが、なんか理由とかあるんだろうか。
「うんとね。人気なのが下の階で、早く埋まっちゃうんだって。新入隊員はちょっと上の階になっちゃうみたい」
一階とか二階ならエレベーターを待ったりする時間が要らないからだろうか。
エレベーターを降り、通路を進む。
「ここがボクの部屋」
同じ階だったらしい。
「それで〜ここが賢太郎の部屋」
自分の部屋のドアから小走りで少し進み、隣の部屋のドアを指さす。
「隣の部屋だよ」
どうやらそうみたいだ。あんまり入隊時期に差が無いって言っていたし、その関係だろう。
「何か分からないことがあったら、いつでも聞きに来てね?」
「ありがとう」
満足そうに笑みを浮かべる。
「じゃあ早速中に入ろうか。個人端末をあそこにかざして」
所謂プッシュプル型のドアノブの少し上を指す。
かざして見ると、ガチャりと音が鳴った。
「開いたね」
そう言って流華はドアを少し開け、そのまま閉めた。
「ドアを閉めると、自動で鍵が掛かるんだぁ。琥珀素認証にも対応しているから、そっちでも開けてみて」
琥珀素認証。生体認証の一種で、その名の通り琥珀素で認証をする。
極めて偽造が難しいが、コストの問題や、使用にちょっとコツがいることから、一般には全く普及していない。
俺が昨日渡された、防蟲隊員用の個人端末もこの琥珀素認証が使われている。
流華の言う通り、琥珀素認証でドアを開けた。
特に止められることも無かったので、中に入る。
正面に見えるのは壁と靴入れだ。左も壁。
入って、靴を脱ぎ、右に曲がる必要がある間取りになっている。
「ここ。キッチン。広いでしょ」
俺の後ろから部屋に入ってきた流華が、俺を追い越して中に進む。
入って右。真っ直ぐ、外の通路沿いにキッチンがあった。
大きめの冷蔵庫一個に冷凍庫一個。自動食洗機に自動調理機、炊飯器、電子レンジもある。
コンロは三口、調理台は横に長い。
シンクは綺麗でくすみなく、裏に窓がある。磨りガラスだから大丈夫だとは思うが、通路に思いっきり面しているのはなんか嫌だな。
食器棚らしきものもある。
「食器類はないから、持ってくるか、基地内で買うかした方がいいよ」
家で使っていたやつを持ってこよう。
他にも調理道具が何も無いな。これも持ってくる。
「次はぁ、お風呂!」
キッチンを右手に進む。左には四枚建の障子があるが、こちらは後回しのようだ。
障子に並ぶようにある引き戸を開けると、中は脱衣所兼洗面所だ。洗濯機もある。
ここからトイレと風呂、ふたつの道に別れている。
トイレは綺麗だ。作りは普通。
風呂場に行く。結構広いな。
「広いでしょ。湯船も大きくて、足伸ばせるんだよ。いいよねぇ」
小柄な流華はともかく、俺は足を伸ばせ無さそうだが、確かに大きい。少なくとも俺が前住んでいた部屋よりもよっぽど。
「しかもねぇ、湯船も床も自動洗浄機能があって、洗わなくてもいいんだよ。それに、個人端末と連携させれば、遠隔でお湯を溜めてくれるんだぁ」
それはいい。訓練で疲れて帰ってきた時にすぐ風呂に入れる。
ただ、壁とかには自動洗浄機能が無いみたいなので汚れたら掃除しなきゃいけない。カビとかは生えづらい素材らしいが。
「次はぁ、お待ちかねのぉ、ここ!」
風呂場から出て、一度スルーした障子の前。
真ん中の二枚を左右に開ける。
「おお、広いな」
「でしょ〜」
予想よりも大分広かった。大体十四帖くらいだろうか。
床はフローリング。
右端にベッドがある。ちゃんと足を伸ばして眠れそうな大きさだ。
他には、大きめの座卓、薄い座布団、棚、箪笥、テレビ、姿見、エアコンなどがある。
左端には押入れもあり、収納には困らなそうだ。
幾つかの家具が置かれているが、それでも広々としている。窮屈な生活にはならないだろう。
■■■
『防蟲官の制服』
法律上は、階級章や部隊章などを正しいところに着ければ、公序良俗に反さない限りアレンジがきく。
隊規則で縛っている場合もある。
ある程度基本のデザインは決まっている。
男性用制服はブレザーにスラックスなど。
女性用制服はブレザーにタイトスカート、プリーツスカート、スラックスなど。
制服着用時は基本的に制帽も着ける必要があるが、外しても良い場合もある。
大体の地方基地では基地内部に限り制帽を外して行動しても良いとされる。その場合でも必ず携帯する。
制服の腰辺りに制帽を掛ける所がある。
ただ、慣習として候補生は基地内であっても制帽を着用するように言われる。
これは制帽の重さに慣れる為だとされる。結構重い。
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