第九話 丼物パーティ

 防蟲研究所内にあるという食堂に案内してくれるようだ。


 ──その前に……。


「川越主任」

「うん? どうしたんだい?」

「私の服がこちらにあると聞いたのですが」

「ああ。あるよ」

「私の個人端末がそこにあるので、持ってきたいのですが、よろしいでしょうか」

「いいよ。けど何か用事でもあったのかい?」

「え? いや食堂に行くと仰ってたので……」


 個人端末は料金支払いもできる。


 司令室で通知音でも鳴ったら大変なので、着てきたズボンのポケットに入れたままにしていた。

 回収するタイミングがあると思ったが、まさか移動されてしまうとは。


 ちなみに防蟲官は食費無料では無い。都度支払う必要がある。割引はあるが。

 防蟲官は食事量が結構バラけるかららしい。


「ああいや、今回の食事は僕が出すから大丈夫だよ」


 え!?


 実のところ俺はあまり人に食事を奢られるのが好きじゃない。


 借りを作りたくないとかそういうのじゃなくて、単に俺は沢山食べるから申し訳ないのだ。


 奢られる時だけ食事量を減らすのも、後で普通に食べているのを見られた時、気まずくなってしまう。


 あんまり上司の厚意を断るのはまずいが、一回遠慮するか。これで引いてくれたらそれでよし。


「この後について検査するから。『奢る』と言うよりは『経費』だね」


「だから気にせずお腹いっぱい食べて」と続けた川越主任。

 そういうことなら普通に食べねば。


 適応深度。琥珀素適応深度。琥珀素が体にどれほど馴染んでいるかを測る。


 人は食事を取ることで琥珀素を得る。その琥珀素をギフトやスキルで消費する。と、体に琥珀素が馴染んでいく。この度合いが適応深度。


 適応深度が高まると、様々な変化がある。

 琥珀素生成の効率が上がったり、ギフトやスキルをすんなり発動できるようになる。

 その他にも食事の量が大きく増え、それでいてトイレの回数は減り、基礎的な身体能力や体力が増え、必要な睡眠時間が減る。


 他にもまだあるが、一番わかりやすいのは老化の遅れだろう。

 適応深度が高いと、肉体が全盛期で維持される。この全盛期は肉体的なものでは無く、その人にとって琥珀素の通りが最も良い時であるとされる。そのため、人によって結構バラつきがある。


 日比谷司令の見た目は女子中学生って感じだが、確か三十六歳だったはずだ。それでも基地司令としては異例の若さだ。

 雑誌のインタビューで見た。


 防蟲官等のギフトを頻繁に使う人の見た目は若く、あるいは幼くなると覚えておけばいい。


「さて、何を頼む?」


 食堂に到着した。人は居ない。

 机の真ん中に板状の端末が置いてある。これでメニューを見たり、注文したりできる。


「カツ丼と鰻丼とえび天丼にします」

「……足りるのかい?」


 今日は丼物パーティにしよう。

 丼三つ。大盛りにするつもりだが、それでもこれは川越主任の言う通り少し少ない量である。それもさっきまでギフトを使いまくっていたのなら尚更。


 ただ、俺は食べている最中に冷めるのが嫌なんだ。


「後から追加します」

「なるほど……。僕はどうしようかな……丼物……いや、オムライスとナポリタンにしよう」


 注文。

 川越主任はケチャップの気分なのかな?


 料理が到着するまで俺のギフトついて話した。

 どうやら川越主任は今後俺のギフトの対人使用の練習台になってくれるらしい。

 川越主任はどちらかと言うと対物使用のデータが欲しいみたいだが、そのデータ取りの合間に練習させてくれると。


 少しして料理が届く。

 自動運転のカートで机のところまで配膳された。料理が乗ったトレーを机に乗せるとカートくんは帰っていった。


「「いただきます」」


 声を揃える。


 カツ丼からいくか? いや鰻丼からいこう。


「……浦和くん」

「はい」

「……僕と一口だけ料理交換しないかい? いや、もし君がこういうのに少しでも抵抗があるなら無理しなくていいんだけどね。ただ僕はこれに少し憧れというか一回やってみたいと思っていて……」


 突然、まくし立てるように話し出した川越主任に驚きながらも、特に抵抗はないので了承する。


 川越主任はオムライスを食べ終わっていて、ナポリタンを食べている。

 俺は鰻丼を食べ終わっていて、えび天丼を食べ終わりそう、といった状況だ。


「ありがとう……! じゃあ僕から」


 そう言ってフォークにナポリタンを巻き付ける。


「えーっと……『あーん』はおかしいのかな? 小皿とかに乗せるのが普通?」


 白衣の女上司に『あーん』されるのは吝かでは無いのだが、流石におかしいだろう。適当に丼に入れて貰った。


「カツとえび天、どっちにします?」

「そうだな……えび天にしようかな」


 食べかけで大分減ってはいるが、えびを何尾を使った贅沢な丼のおかげで、まだ一尾まるまる残っている。


 えび天を箸で持ち上げ、川越主任の皿に乗せる。お米もいるかな。


「米はどうしますか?」

「うん、貰おうかな……じゃなくて!」


 うお。今日一声張ってんな。


「なんでしょうか」

「一尾まるまる貰うのは気が引けるよ。僕は、ほら。そっちの食べかけの方でいいからさ」


 ……自身の食べかけを上司に渡すのはちょっと。

 でも確かにこのえびは結構大きいし、『一口だけ交換』のサイズでは無いかも知れない。


「わかりました」


 川越主任の皿の上のえびを食べかけのものと交換し、ちょうどいいであろう量の米を添える。


「ありがとう。美味しいね」


 ■■■



 そうしてちょこちょこ交換しながら食べ、追加注文分も食べ終わって食休み。


 食べながら聞いたところによると、川越主任と日比谷司令は同い年で仲がいいらしい。

 仲がいい人が居ても『一口だけ交換』はしたこと無かったのか。憧れてたのに……。それとも異性とは無いってことかもしれない。二十も下の男で良かったのだろうか。


「あー……浦和くん」


 歯切れ悪く声を掛けてきた川越主任。


「今後も沢山会う機会があるし、どうだろう。君のことを賢太郎と呼んでもいいだろうか」


 真面目な顔をして、何を言うかと思えば……。


 もちろん問題は無い。


「そうかい!? ああ、そうだ。僕だけ名前呼びってのも不公平だよね。僕のことは、そうだな……久遠さんと呼んでくれ」


 ……上司を下の名前で呼ぶのはちょっと……。


 はっきり言うこともできず、少し渋る素振りを見せたら……


「……上司だとかは気にしなくていいと思うな。問題視する人もいないし。ただ、賢太郎が気になるんなら研究室の中で二人の時だけでもいいよ。長時間一緒にいるのに、『川越主任』じゃ肩が凝るから」


 そういう事なら問題無いのか?

 俺が変に気にしすぎなようだ。今後川越主任と話す時は久遠さんと呼ぼう。


「あ、あと敬語も崩してくれ。それに賢太郎の普段の一人称は『俺』だろう? いつも通りでいいよ」


 ……俺の一人称は埼玉基地の共通認識なのか?




 ■■■



 その後検査室に戻り、適応深度を調べ終えた。


「今日はお疲れ様。これ、君の服。それとこれを」


 そう言って渡されたのは俺が今日着て来た服。それと……個人端末?


「これは防蟲隊員用の個人端末。普通の回線は基地内では使いづらいから、こっちを使ってくれ」


 この個人端末は防蟲官の身分を証明することもできるらしい。


 また、メールアプリには仕事用として各小隊・基地司令部・大隊本部・防蟲隊埼玉基地各種部署の連絡先が登録されていた。


 その他、プライベート用の方には成宮副司令と久遠さんが登録されている。


 成宮副司令からは既にメールが届いていて、明日明後日の予定が書いてあった。


「今日は私服に着替えて普通に帰ってくれ。制服は賢太郎が住むことになる部屋に送られるから」



 そんなこんなで今日は終わり。精神的にとんでもなく疲れた一日だった。まだ初日だと言うのに。


 まあ明日明後日は土日で、引越し作業だ。気楽にいこう。




 ■■■



『個人端末』


 前時代で言うスマホの様な物で、国民全員が持っている。

 各種免許証やIDを表示させることが出来る。

 また料金の支払いもできる。


 主人公はブラックマーケットで個人端末を使った支払いは怖かったので、プリペイドカードの一種を使って支払った。



『適応深度検査』


 どの程度体に琥珀素が馴染んでいるかを検査する。


 必要な情報はどれだけ食べたかであって、何を食べたかではない。



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