第六話 変異ギフト
埼玉基地 司令室
「見たか? 浦和くんのあの顔。ワタシの完璧な笑顔を見て照れていたな」
「……」
「どうした?」
「思うに、あれは恐怖の反応ではないでしょうか」
「……え?」
「後ずさりしていました」
「……ワタシが可愛すぎてではなく?」
「司令室を出てすぐに深呼吸をしていました」
「そうか……」
「冷や汗もかいてました」
「……」
「……」
「……腰を抜かした子もいたな」
「はい」
「あの時も怯えて、か?」
「恐らく」
「……『ワタシのあまりの可愛さに腰を抜かしたな』と君に言った」
「はい」
「……馬鹿みたいじゃないか!」
「まあ、馬鹿みたいな発言ではありました。どう見ても怯えた目をしていましたし」
「……いや、ワタシもちょっと変だなとは思った。思ったが、君はあの時ワタシになんて返した?」
「『そうかもしれませんね』と」
「……教えてくれよ! その時に!」
「十中八九怯えていましたが、本人に直接聞いた訳では無いので」
(司令深呼吸中)
「……それでなんで今更言った? 今回の新入隊員全員に笑顔を向けた後だが」
「……司令の『完璧な笑顔』を見た新入隊員はそうでない新入隊員と比べて規則違反が少なく、訓練も真面目に行うからです」
「ワタシの笑顔を新入隊員の引き締めに使ったのか!?」
「はい」
「……ワタシがなんであの笑顔を生み出したのか知ってるだろう?」
「はい。新入隊員と仲良くするため、ですよね。いつも怖がられるので」
「……そうだとも。何故止めなかった」
「そのことに関しては結果が出てます」
「……続けて」
「笑顔を向けた子達の方が司令に対する遠慮が少ないように感じます」
「ほう……。何故だ?」
「恐らくはギャップでしょう」
「と言うと?」
「最初に恐怖の笑みを見せ、限界まで怖がらせてから、気さくに接すると『思っていたよりも怖い人じゃないのかも』となるのかもしれません」
「なるほど……ならよし!」
…………
「そもそも何故ワタシの笑顔が怖がられるんだ? 鏡の前で何度も練習した笑顔だぞ? とても可愛い」
「可愛いのはそうだと思いますが、司令はその笑顔をする時……なんて言うか力が入ってますよね?」
「ああ。全身の力を顔に集めている」
「そのせいでしょうね。力むので無意識に圧を放っているのでしょう」
「そうか……。可愛さを追求した日々は無駄だったか……」
「いいえ司令。無駄なんかじゃありません」
「副司令……」
「もっと練習して力まずにあの笑顔を見せることが出来たら、きっと……」
「……そうだな。ワタシらしく無いことを言った。忘れてくれ」
「はい。……もし力まなくなっても恐怖の笑顔は使えるようにしてください。便利なので」
「だから! ワタシの笑顔を! 引き締めに使うな!」
■■■
「じゃあまた台に乗って」
「はい」
「スキャンするよ」
「はい」
さっきから俺は何をスキャンされているんだ。
「ちょっと腕を上げて。Tの形」
「はい」
「次は正座」
「……はい」
「……うん。完了。もう立っていいよ」
『正座』って言われると怒られるのかなって気持ちになる……。
「……そういえばなんの検査をしているか言って無かったね」
川越主任の言うところによると、単に体の寸法を測っているだけのようだ。
最初のスキャンで大まかに測り、どのサイズのインナーが合うかを判断。
次に、インナー姿でスキャンすることでより詳しく測る、ということみたいだ。
そもそも何故体の細かい寸法を測る必要があるのかというと、制服作りのためである。
防蟲官の制服はその製造方法上、一着一着個々人に合わせたオーダーメイドとなる。
さっきまで俺が着ていた制服は所謂官品、国のものである。正式な制服を用意して貰うまでの繋ぎだ。
体の寸法スキャンは終わり、次の検査に移る。
「次は……そうだな、『スキル』の検査をしようか」
「はい」
スキル。ギフトとは別枠の力だ。
ギフトを何度も使用すると体内で琥珀素がどう動くのかなんとなくわかるようになる。そこから更に練習すると体内琥珀素をある程度操作できるようになる。
体内琥珀素を操作して自身が持っていないギフトを再現したもの、それがスキルだ。
ちなみにレアギフトは再現できない。レアギフトの定義に『スキルとして習得できない』があるくらいだ。
俺が持つ【身体能力強化】なんて防蟲官のほとんどがスキルとして使えると思う。さすがに強化倍率は俺の方が大きいはずだが。
格差を感じるよね。一般ギフトである利点なんて存在しない。かなしい。
「じゃあ、スキルを使用してくれ」
「はい」
「あ、ギフトは使わないでね」
「……はい」
「……【身体硬化】だね。次」
「はい」
「【五感強化】だね。次」
「はい」
…………
「これで終わりかな?」
「はい」
「すごいね。推奨スキルだけじゃなくて全部のスキルを使えるんだ」
「ありがとうございます」
推奨スキル。この場合防蟲官推奨スキルのことだろう。防蟲官が持つべきスキルのことで、持ってなければ訓練で使えるようにさせられる。
ちなみに【気配探知】【気配隠蔽】【暗視】【身体能力強化】【動体視力強化】【思考速度強化】【自己治癒能力強化】【記憶力強化】のことである。覚える必要は無い。
「じゃあ次はギフトの検査をしようか」
憂鬱だ。俺が一般ギフト持ちなのは知っていそうだが……。
『えー! 一般ギフト持ちごときが防蟲官になるつもり!?』とか言われたらどうしよう。いや、絶対こんな言い方はしないだろうけど。遠回しに『防蟲官向いてないよ』って言われるのは有り得そうだ。
「うん。【身体能力強化】だね」
「はい」
「強化率は……十倍。すごいね」
「ありがとうございます」
前に計った時よりも大きく増えている。
「……ちょっと変わった使い方をするって聞いたよ。やってくれるかい?」
【追加強化】のことだろうか。
「うん……」
言われた通りに【追加強化】を使うと、川越主任はモニターを見ながら何やら機材を弄りだした。
さっきまではほとんど操作してなかったのに。
「もう一回。今度は別のところを強化してくれ」
再び言われた通りにすると川越主任は「なるほど……」と独りごちてこちらを向く。
「君のそれは一般ギフトじゃないね」
「はい?」
「変異している」
なんですと!?
ギフトは鍛えることは出来ても替えることは出来ない。ただ変わることはある。それを変異ギフトという。
簡単に言うと俺の一般ギフトがレアギフト級に変化したということだ。
事例は極めて少なく、都市伝説的に変異方法は囁かれているが、それで変異したって言う話は聞かない。
「どうやったらギフトが変異するのか聞いたことはあるだろう?」
「はい……ギフトを変な使い方すれば変異すると」
正確には『ギフトが最も成長する十歳から十五歳の間で通常とは違う使い方をする』だ。
ただ俺はこれをしなかった。理由は簡単だ。最も成長する時期に変な使い方をしたせいでギフトがほとんど成長しなかった、という話を沢山聞いたからだ。
変異するかも、なんて言う失敗する可能性の高い博打よりも堅実に鍛えることを選んだ。
だから変な使い方なんてしていないはず……。
「穂乃香……司令に聞いたけどなんか変なトレーニングをしてたんだって? それが理由だと思う」
変なトレーニング? 心当たりはないが……。
そもそも日比谷司令にどんなトレーニングをしてるとか言って無い。
でもあの人なんか俺の色んな情報を把握してるしな……。こわい。
「変異内容は自分自身だけじゃなくて、他の物も強化できるようになった、かな」
「実感がありません」
「……知っているだろう? 君の言う【追加強化】なんて他にできる人はいないよ」
確かに聞いた事はないが、応用の範疇だと思う。
「あとは、これだよ」
そう言って取り出したのは俺の相棒であり、ともにカマキリと戦ったバタフライナイフ君である。
こんなところにいたのか。最悪帰ってこないかと……。
「君はこれがなんの素材を使ってるのか把握しているかい?」
蟲の素材……ってわけじゃないのかな。
「D級蟲の大あごです」
「いや、蚊の口吻だよ」
「え?」
「F級蟲の素材だ」
そんなはずは……。それがF級蟲の素材であったなら……
「ハラビロカマキリを倒せない、かな」
俺の内心を読んだように言う川越主任。
「だから君が強化したんだよ。ナイフを」
……川越主任は『他の物』も強化できるようになったと言っていたな。そういうことだったのか。
「あと、この治癒薬も。君は下級治癒薬の原液だと思ってたらしいけど、これは市販薬よりほんのちょっと濃いだけだね。原液とは比べ物にならないよ。骨折とかお腹に空いた穴を臓器ごとは治せない」
そう言って俺が使った下級治癒薬の容器を取り出す。
……あの店主さん、全然誠実じゃないな! ブラックマーケットの鑑! 掃き溜めにゲロ!
■■■
『スキル』
ギフトに比べ、早い段階で成長限界を迎える。
ギフトより発動しづらい。
『変異ギフト』
後天的にレアギフトを得ることが出来る唯一の方法だが、対象が十歳から十五歳の子供なため、倫理的に実験が難しく、正確な変異方法は発見されていない。
正式に実験することは難しくても、勝手にやられる分には問題ないので、過去変異した人がどのようにギフトを使ったかを公表している。
しかし、その人の変異前と同じギフトを持っている人が同じ様に使っても変異はしなかった。
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