第七話 恥を知る

 でもまあ、ブラックマーケットってそういうところだよね。騙される方が悪い。

 店主さんも人死にに忌避感を持つ普通の人だったし。

 君の全てを許そう。


「変異ギフトについて詳しく検査しようか」

「はい」

「まずは意識的に使えるようにならないとね」


 これまでは無意識に発動させていたものを自分の意思で使えるようにする。


「これまで変異ギフトが発動したと思われるとき──【追加強化】以外でね──どんな思考をしていたかな?」


『変異ギフトが発動したと思われるとき』それは治癒薬を使ったときとカマキリにナイフをぶっ刺したときだな。

 その時に考えていた事。心当たりがある。


『頑張れ治癒薬くん! 君の頑張りに店主さんの未来が掛かっている!』

『頼むよ〜 頑張ってくれよ〜』

『頼むよ〜ナイフさん。あと少し頑張って! ね?』


 ……なんだこれは。


「何か思いついたようだね。一応記録しておきたいから教えてくれるかい?」


 言うのか? これを?

 ナイフや治癒薬を人に見立てて『がんばえー』って心の中で言ってましたって?

 恥ずかしいんだが?


「……言いづらいことなら記録は残さない。僕にだけ教えてくれればいいさ」


 優しい笑みを浮かべる川越主任。


 それが恥ずかしいんですけど?

 言わないっていう選択肢はないんでしょうか……。


「……心の中で『がんばれー』って言ってました……」

「……それはナイフに、かな?」

「はい……」


 恥ずかしいっ!

 サイエンティフィックな人にメルヘンチックなことを言うのすごい恥ずかしい!


 多少の恥ずかしさなら開き直れるんだが、今多分顔真っ赤だ。


 なんでか妙に恥ずかしい。

 小学生の頃に『ケンくんって恥知らずだよね……。あ! もちろんいい意味でだよ!』と何度か言われた俺が。


 ……いや、もしかして俺が白衣フェチだからだろうか。白衣フェチだから川越主任に変なことを言ったことに特別照れるのだろうか。フェチシズムの業。


「……うん。いや別に恥ずかしがることじゃないよ。そういった方法でギフト使う人なんてたくさんいるさ!」

「……ありがとうございます」


 慰めるように少し慌てて言う川越主任に頭を下げる。

 申し訳ない。


「実際に使って見ようか。これ持って」


 気を取り直すように言ってバタフライナイフを差し出す。


「何も考えずに強化してみてくれ。『がんばれー』って」

「……はい」


 からかわれてるか?

 表情を見るに変な意図は無さそうだが、言葉には気をつけて欲しい。恥ずかしがるぞ。


 ……がんばれーナイフさん!


 思ったよりもすんなり発動した。意識的に使ったので感覚も掴めたし、次以降も簡単に発動できそうだ。


「強化できたかい?」

「はい」


 そう言ってナイフを差し出した。

 受け取った川越主任は机の傍にあった、電子レンジ大の機械の箱にナイフを入れた。

 そして机の上のコンソールを弄ると箱から数秒黄色い光が漏れる。


 恐らくはさっきまで俺が立っていた丸い台で起こっていたのと同じことをしているのだろう。

 小型スキャン機だ。


「強度と切れ味が上がっているね。……次は長さを強化して見てくれ」


 長さを強化。このナイフを伸ばせ、ということだろうか。


 がんばれーナイフさん。伸びろー。伸び代の塊。


 発動した。発動した感覚はあったが見た目に変化はないように思える。


「……うん。数ミリ伸びているね」


 小型スキャン機に再びナイフを入れた川越主任が言った。

 伸びるのか。


「強化は上書きされるみたいだね。……ナイフは一旦これぐらいにしようか。次は治癒薬を強化してくれ」


 そう言って液体入りのガラス容器を渡される。


 がんばれー。治癒薬さんがんばれー。


「うん。回復量が強化されているね。五倍くらいかな」


 治癒薬をスキャン機から取り出し机の上に置く川越主任。


「うん、次は量を強化して見てくれ」


 別の治癒薬を手渡される。


 がんばれー治癒薬ー。増えろ。増えて?


 容器は試験管のような形をしており、中の八割方を治癒薬が埋めている。

 それを緊急時に使いやすいように突起のついた栓で塞いでいた。


 その栓が俺の顔目掛けて飛んでくるのがわかった。


「あぶねっ」


 試験管を握っていなかった方の手、左手で栓をキャッチする。機材まみれのこの部屋で変なところに飛ばれては困る。


 気づけば床が水浸しだった。というかこれは治癒薬だね。なんかドロっとしてるな。

 ナイフはちょびっとしか伸びなかったのに治癒薬はこんなに増えるのか。


「すみません。水浸しになってしまいました」

「いや、気にしないでくれ。……これはこのままにして、どれくらい強化状態が続くのかを見ようか」


 まず間違いなく強化は永続では無い。強化によって量が増えたのなら、強化が切れると量は元に戻るんだろう。


 水浸しの床から少し離れて実験を続ける。


「次はこのペンを強化してくれ」


 手渡されたのは普通のボールペン。


 がんばれー、ボールペン。


 ……発動しない。


「発動しないか。……うん。強化されてないね。次はあれを強化してみてくれ」


 手を向けたのは隅にあった観葉植物だ。


 がんばれー、植物。


 発動せず。


「発動しないね。次はこれ」


 両手にすっぽり収まりそうな小さな鉢に入ったサボテンを渡された。


「これは琥珀素を持つ植物なんだ。これを強化して見てくれ」


 ……トゲトゲなんですが。

 まあ、こんな棘刺さらないけども。心情的にね?

 意を決して触れる。


 がんばれーサボ。


 おっ。発動した。


「どうだい? ……発動しているね。強度が上がっている」


 スキャン機からサボテンを取り出し、ボールペンで叩きながら川越主任は考えをまとめるように、声を出した。


「物体の琥珀素に干渉して強化しているんだろうね。だから琥珀素のないボールペンや観葉植物は強化出来なかった」


 俺が話を聞いているのか確認するようにチラりとこちらを向き、続ける。


「ナイフの強度や切れ味が良くなったのは琥珀素に干渉して濃度を上げたから。長さが変わったのは琥珀素の大きさを変えたのかな? それとも量を増やしたのかも。個体だから大きくは変わらなかったけどね。治癒薬は液体だからか変化が顕著だったね。こっちは琥珀素の量を増やした、で間違い無いだろう」


 琥珀素には同じ一粒でも強い弱いがある。濃いのが強くて、薄いのが弱い。

 だから同じ大きさでもA級蟲の素材とF級蟲の素材は強度に差がある。単に含まれる琥珀素の量も違うが、濃さも違う。


 俺はそれに干渉して、弱い琥珀素を強くできるってことだろう。

 量を増やすのも、濃くできるんなら増やせるんだろう。知らんけど。


「……うん。これはすごいよ。こんな形で琥珀素に干渉するギフトは聞いたことがないね。色々分かれば自力で蟲の素材に近いものを作れるようになるかも……」


 琥珀素の籠ったものは頑丈だが、武器も服も蟲の素材を加工して使っている。量も限られるし、加工には特定のレアギフトが必要だ。


 だが、俺のギフトのことをもっと詳しく分かれば、例えばコンクリートの建物にあとから琥珀素を染み込ませて、頑丈にするってことが出来るかも知れないということみたいだ。


 そうなれば世界はより安全になるだろう。


「もちろん、すぐにとは行かないと思うけどね。でも取っ掛りにはなる」


 そして未来を夢見る研究者の笑みを浮かべて俺を見る。


「協力してくれるかい?」


 返事はもちろん……


「はい!」


 安堵したようにも返事はわかっていたようにも見えた。


「でもまあ、まずは……」

「そうだね。まずは」


 ──掃除をしよう!


 床に撒かれた治癒薬の量が減っている。それでも元の量は残っているので掃除をせねば。


「だいたい五分か……。あ、これ雑巾」

「ありがとうございます」




 ■■■




『蟲具の切れ味』


 加工した時に刃を薄く鋭くすれば切れ味は良くなる。


 しかし、蟲具の場合要素はそれだけでなく、刃部分の琥珀素の密度、並びも関係する。


 主人公はそれに干渉して切れ味を良くすることができる。

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